労働者の安全衛生
労働者の生命・身体・健康はその個人にとって何事にも代えがたいものであり、ひいては社会全体にとっても重要なものです。そこで労働安全衛生法では、労働者の健康を確保するため、様々な義務を使用者に課して労働者の快適な職場環境の実現と労働条件の改善を促しています。
Contents
産業医の選任義務
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、産業医として必要な医学の知識に関する研修を修了した医師の中から産業医を選任しなければなりません(労安法13条)。事業場につき労働者が50人未満の場合は選任義務ではなく努力義務となっています。
産業医は、労働者の健康を確保するために必要があると認めるときは事業者に対し必要な勧告を行うことができ、事業者はその勧告を尊重しなければなりません。また、労働者の健康診断や面接指導の実施、作業環境の維持管理、健康・衛生教育、健康障害の原因の調査・再発防止措置、ストレスチェックの実施について事業者が選任する総括安全衛生管理者に勧告・指導・助言を行います。
このように産業医の選任は、使用者に労働者の労働環境に則して医学的見地から健康管理を行う者を選任させることにより、労働者の健康を確保しようとする制度です。従って、産業医が使用者の意図に沿わない勧告や指導を行ったことを理由として産業医に対し解任などの不利益的な扱いを行うことは認められていません。
健康診断
健康診断の実施
使用者が労働者の健康状態を把握しなければ労働者の健康を確保するための具体的な施策を講じることができませんので、労働安全衛生法は使用者に健康診断の実施と労働者に健康診断の受診を義務付けています(労安法66条)。但し使用者が健康診断実施義務を怠った場合は罰則規定(罰金)が定められていますが、労働者の受診義務については、罰則規定はありません。
会社の実施する健康診断は原則として採用時と1年に1回の定期健康診断です(6ヶ月ごとに1回の義務が課されている業務もあります。)。その対象者について常勤労働者はもちろんのこと、1年以上継続勤務しており、1週間の所定労働時間が通常の労働者の所定労働時間数の4分の3以上であれば含まれます。
健康診断の費用については使用者が負担しなければならず、労働者に負担させることは許されません。
また、健康診断の結果は使用者に5年間の記録保管義務が課され、労働者に結果を通知する必要があります。そして、健康診断の結果、健康診断項目に異常の所見があると診断された場合は、使用者はその労働者の健康を保持するために必要な措置について医師から意見を聴かなければなりません。そしてこの意見聴取をもとに使用者は当該労働者に対する措置を検討することになります。使用者は健康診断の結果をうけ、必要があると認められるときは、当該労働者の実情を考慮して就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講じることが求められます(労安法66条の5)。
検査項目
上述のように、使用者には健康診断実施義務が課されていますが、その検査項目については使用者が自由に決めることができるのでしょうか。
使用者が実施する健康診断は、労働者の快適な職場環境の実現と労働条件の改善のために行われるものですので、診断項目は当該労働者の業務の遂行能力に関係する項目である必要があります。
健康診断の結果や病歴・治療暦については、個人情報保護法でも「要配慮個人情報」としてより一層の慎重な取り扱いが求められ、本人の事前の同意なくして取得できないと定められています。
裁判例でも、労働者の同意なくして行われたB型肝炎検査やHIV抗体検査は労働者のプライバシー権を侵害するもので違法であるという判断がなされています。
従って、健康診断項目は業務の遂行能力に関係する項目に限り、かつ項目について事前に労働者の同意を得て行う必要があります。
ストレスチェック
職場におけるメンタルヘルス対策として、労働者のストレスを把握するためのストレスチェック制度が導入されています(労安法66条の10)。
常時50人以上の労働者を使用する事業主は、1年に1回定期的に医師等による労働者の心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)を行わなければなりません。ストレスチェック検査を実施することは事業者の義務ですが、健康診断と異なり、ストレスチェック検査を受けることは労働者の義務とはされていません。従って、労働者は自己の意思でストレスチェック検査の受診を決めることができますが、対象事業者としてはストレスチェック検査の機会を必ず設けなければなりません。ストレスチェック検査の費用は使用者が負担することになります。
ストレスチェック検査は労働者の精神疾患の発見が主たる目的ではありません。メンタルヘルス不調を未然に防止することにあります。すなわち、定期的に労働者のストレスの状況について検査を行い、本人にその結果を通知して自らのストレスの状況について気付きを促し、個人のメンタルヘルス不調のリスクを低減させることが主な目的です。
従って、ストレスチェック検査の結果は医師から労働者へ直接通知され、労働者の同意がなければ使用者に通知されることはありません。
そして、ストレスチェック検査の通知を受けた労働者のうち、医師による面接指導を受ける必要があると検査した医師が認める者で、面接指導を希望する旨を申し出たときは、当該申出をした労働者に対して遅滞なく医師の面接指導を行わなければなりません。面接指導後に事業主は、面接指導結果に基づき、その労働者の健康を保持するために必要な措置について医師に聞取りを行い、必要と認められる場合は適切な措置(健康診断と同様に、当該労働者の実情を考慮して就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等)を講じなければいません。
このようにストレスチェック制度は労働者自らが自己のメンタルヘルスの状況について把握できることを制度として確保するものであり、メンタルヘルスの不調の予防策であるとともに、メンタルヘルスの不調が発見された場合はその適切な措置をとることができる事後的なフォローも予定されているものです。
なお、50人未満の事業についてストレスチェック検査の実施は努力義務にとどまっています。
受診命令
定期健康診断について労働者にも受診義務があることは、健康診断の項目の通りですが、法律で定められた健康診断以外の受診や検査・面接指導について必要がある場合に強制的に命じることができるのでしょうか。
例えば、労働者が明らかにメンタルヘルスに不調を抱えているにもかかわらず、受診もせず放置し益々不調が悪化し、業務に悪影響を及ぼしている場合などが考えられます。業務に関する直接的な命令にあたらないため、そのようなことが可能なのかということが問題になります。
まず使用者が労働者に医師等への受診を強制的に命じるためには、就業規則に受診命令を行うことができる旨の規定があることが必要になります。但し無条件に認められるものではなく、その内容が「心身の故障により業務に支障が生じるおそれがある場合に、産業医又は指定医の受診を命じることができる」というような合理的な内容である必要があります。
このような規定がある場合に、当該労働者がなお受診命令に従わない場合は、懲戒処分を命じたり、休職を命じたりすることが可能になるでしょう。もちろん、懲戒処分に課すことや休職を命じることについて就業規則上の根拠が必要となります。
それでは、就業規則に受診命令に関する事項の記載がない場合は受診命令を命じることが不可能なのでしょうか。この場合は、心身の不調を裏付けるような客観的事実や業務上に支障を及ぼしていることが明確な場合(そのような証拠が客観的にある場合)は、個別具体的に受診命令を出すことができると考えられています。
しかし、疾病や病院の受診については極めてプライバシーな事柄であることから、就業規則に記載がない場合の個別具体的な判断(心身の不調を裏付けるような客観的事実の証拠)は難しくなると考えられます。従って、就業規則における受診命令の規定を整えておく必要があるでしょう。
また、受診命令を行う際の費用負担については、健康診断と異なり使用者の義務ではないことから労働者自らに負担させることも考えられますが、使用者が命令として強制的に受診させる以上、使用者が負担するべきでしょう。
安全衛生教育
使用者は、労働者に対し雇入れ・作業内容の変更及び一定の危険・有害業務への従事の際に安全衛生教育を行わなければなりません(労安法59条)。
具体的には
・機械や原材料の危険性又は有害性及びこれらの取扱方法に関すること
・安全装置、有害物抑制装置又は保護具の性能及びこれらの取扱に関すること
・作業手順に関すること
・作業開始時の点検に関すること
・業務に関して発生するおそれのある疾病の原因及び予防に関すること
・整理、整頓及び清潔の保持に関すること
・事故時における応急措置及び退避に関すること
・その他業務に関する安全又は衛生のために必要な事項
です。
これらの事項について、使用者は従事する労働者に対し教育を行わなければなりません。これらの義務を怠った場合には罰則規定が設けられており、使用者に罰金が課されることになります。
但し、上記の教育を行うべき事項を見てもらえればわかるとおり、業務を安全かつ効率的に行うにあたり必要と思われる事項について当然のものが規定されております。使用者としては当たり前に行うべきことをきちんと行い、労働者の身体の安全を確保するという視点が重要でしょう。
グロース法律事務所によくご相談をいただく内容
・就業規則は会社設立時に作成したが、その後全く変更も行っていないことから実情と合っておらず、見直したい。
・従業員を解雇したかったが、就業規則の規定が不十分で解雇は認められないとのことだったので見直したい。
・事業の拡大に応じて、就業規則を見直したい。
・労働法の改正に応じて就業規則を見直す必要があるのか知りたい。
就業規則分野に関するグロース法律事務所の提供サービスのご紹介と費用
〇就業規則の新規作成
33万円~
就業規則を新規作成(又は新規作成と同視できる大幅改定)をいたします。
周知方法や今後の改訂方法などについてもアドバイスを行います。
〇就業規則及び関係規定の新規作成
55万円~
就業規則に加え賃金規程を始めとした各種関係規定も新規作成いたします。
周知方法や今後の改訂方法などについてもアドバイスを行います。
〇就業規則及び関係規定の内容確認と解説
11万円~
現存の就業規則及び関係規定について、内容の解説と要修正事項の解説を行います(修正案は含みません。)
〇就業規則及び関係規定の内容確認と修正案
33万円~
現存の就業規則及び関係規定について、修正案を提示し、就業規則の周知や改訂の方法についてもアドバイスを行います。
グロース法律事務所への問い合わせ
お電話(06-4708-6202)もしくはお問い合わせフォームよりお問い合わせください。
お電話の受付時間は平日9:30~17:30です。また、お問い合わせフォームの受付は24時間受け付けております。初回の法律相談については、ご来所いただける方に限り無料でご相談させていただいております。
※遠方の方はオンライン会議での初回面談も承りますので、お申し付けください。また、新型コロナウイルス感染症の影響でどうしても来所ができないという方につきましても、オンライン会議で初回無料で面談を承りますので、お申し付けください。

徳田 聖也

最新記事 by 徳田 聖也 (全て見る)
- 事業承継勉強会 第6回 2021.12.14 - 2021年12月20日
- 事業承継勉強会 第3回 2021.3.18 - 2021年3月19日
- 事業承継勉強会 第1回 2020.12.22 - 2020年12月30日
「労働者の安全衛生」の関連記事はこちら
- 「事業場外みなし労働時間制」による反論
- 10か月間の使用期間は認められるのか?についての相談事例
- いよいよ義務化されるパワーハラスメント防止措置~今から求められる事業主の対応
- テレワーク導入と就業規則の関係
- トラブルにならない為の退職合意書のポイントを弁護士が解説 ~紛争事例を前提に~
- ハラスメント
- メンタル不調社員への対応 ~休職制度と治癒についての留意点~
- 事業場みなし労働時間制と裁量労働制
- 付加金とは
- 令和6年4月から労働条件明示のルールが変わります
- 企業が定める休職規定について
- 使用者の安全配慮義務違反による責任の範囲
- 使用者側弁護士による労務コンサルティング
- 働き方改革で変わる割増賃金請求への対応策
- 入社時誓約書に関する解説
- 内定をめぐるトラブルを避けるために
- 副業・兼業の促進に関するガイドラインについて
- 労使協定の締結について
- 労働基準法における労働者とは何か?~フリーランスや劇団員等の事例はどのように考えるべきか~
- 労働時間の管理
- 労働条件の不利益変更の実務~休職事由の追加~
- 労働条件の不利益変更の実務~固定残業代の手当減額の可否と限界~
- 労働条件の通知をめぐるトラブル対策
- 労働者の安全衛生
- 労働関係法令上の帳簿等の種類と、その保存期間について
- 労働関係訴訟
- 労基署対応のポイント
- 同一労働同一賃金~不合理な待遇差の診断、対応プラン
- 同一労働同一賃金とは?制度の趣旨・概要や2021年度法改正に向けた対応内容について解説
- 同一労働同一賃金における賞与と退職金の取扱いの注意点
- 問題社員への対応のポイント ~企業経営者が身についておくべき基本方針~
- 団体交渉・労働組合対策(法人側)
- 団体交渉における誠実交渉義務
- 団体交渉の進め方について
- 固定残業代
- 変形労働時間制
- 定年制度について弁護士が解説
- 就業規則のリーガルチェック
- 年次有給休暇
- 従業員のSNS利用への対策
- 従業員の服装等を問題とする懲戒処分の可否について
- 懲戒処分に必要な適正手続~懲戒処分が無効とされないためのポイント~
- 新型コロナウイルス感染予防のための休業・時短勤務命令による賃金支払い対応プラン
- 新型コロナウイルス感染予防を原因とする休業・時短勤務命令と賃金について
- 新型コロナウイルス感染症に関して企業がとるべき対応 ~労働者を休ませる場合の措置に関する留意点~
- 新型コロナウィルス感染症の影響による解雇について
- 新型コロナウイルス感染症対策としての時差出勤の実施について
- 新型コロナウイルス感染症対策として企業に求められる安全配慮義務
- 新型コロナウィルス感染症対策にかかる雇用調整助成金について
- 新型コロナウイルス感染症影響下における年次有給休暇の取得について
- 新型コロナウイルス感染症拡大時における『下請法』
- 新型コロナウイルス感染症拡大時における『個人情報保護法』
- 新型コロナウイルス感染症拡大時における『労務問題・労務管理』
- 新型コロナウイルス感染症拡大時における『契約』
- 新型コロナウイルス感染症拡大時における『株主総会』
- 新型コロナウイルス感染症拡大時における『資金繰り・倒産・事業再生』
- 新型コロナウイルス感染症拡大時に中小企業が利用可能な資金支援について
- 新最高裁判例紹介~同一労働同一賃金
- 残業代問題
- 異動(出向・転籍・配置転換)
- 経歴詐称が判明した社員を懲戒解雇することができるか
- 育児・介護休暇、休業
- 育児・介護休業法改正~令和4年以降の施行対応について~
- 育児介護休業法の改正対応について
- 裁量労働制を採用する使用者の反論
- 解雇
- 解雇無効で発生するバックペイと使用者の対応・反論
- 試用期間と解雇・本採用拒否の相談事例
- 試用期間満了時の解雇(本採用拒否)について
- 賃金の支払いについて
- 資金繰り対策として当面可能と考えられる支出抑制策
- 退職事由による退職金の不支給・減額について~モデル就業規則を例にそのリスクを考える~
- 退職勧奨
- 退職後の競業避止義務について
- 退職金不支給・減額条項に関するポイント解説
- 過重労働撲滅特別対策班(かとく)の監督指導・捜査
- 労働審判の申立にどのように対応すべきか?
グロース法律事務所が
取り扱っている業務
新着情報
- 2023.11.30お知らせ
- 一箇条ずつ読み解く契約書セミナー 2024.02.29
- 2023.10.05お知らせ
- 2024年 企業が知っておくべき法改正 総まとめセミナー 2023.12.07
- 2023.07.23お知らせ
- 【実施済み】従業員との合意書・誓約書と就業規則の最低基準効セミナー 2023.09.14
- 2023.07.20お知らせ
- 【実施済み】顧客従業員の引き抜きを許さない「競業避止対策」セミナー 2023.08.23