労働条件の不利益変更の実務~休職事由の追加~
本稿では、メンタル不調社員への対応を主に想定し、休職事由を追加することの可否・限界について解説致します。
1 そもそも休職制度とは
休職の定義、休職期間の制限、復職等については、労基法に定めはありませんが、厚生労働省のモデル就業規則の解説において、「休職とは、業務外での疾病等主に労働者側の個人的事情により相当長期間にわたり就労を期待し得ない場合に、労働者としての身分を保有したまま一定期間就労義務を免除する特別な扱いをいいます。」と定義し、解説されています。
また、モデル就業規則の例として、以下の条文が掲載されています。
(休職)
第9条 労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。 ① 業務外の傷病による欠勤が〇か月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき【〇年以内】 ② 前号のほか、特別な事情があり休職させることが適当と認められるとき【必要な期間】 2 休職期間中に休職事由が消滅したときは、原則として元の職務に復帰させる。ただし、元の職務に復帰させることが困難又は不適当な場合には、他の職務に就かせることがある。 3 第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。 |
休職の事由は、傷病のほか、組合専従休職、公職休職、起訴休職などがありますが、本稿では傷病を前提として解説するものです。
厚労省のモデル就業規則は、上記のとおり、業務外の傷病について、①一定期間の欠勤が存すること、②引き続きの療養を要することを休職要件とするとともに、第3項において、いわゆる自然退職の規定を定めています。
では、例えば、第3項のような自然退職の定めがない場合に、就業規則の変更によってこの規定を追加することは不利益変更に当たるのでしょうか?また、当たるとして合理性はどのような場合に認められるでしょうか。
2 不利益変更該当性
このような就業規則の変更が不利益変更にあたるか否かですが、使用者としては不利益変更にあたるという前提に立って変更を検討すべきです。
労働契約の終了には、普通解雇という手段もあり、通常、労働者が私傷病によって労務を継続的に提供できないこと、今後も回復が困難であることが明らかである場合等には、このような休職制度やそれを前提とする自然退職の規定がなかったとしても、普通解雇が認められるといえます。
その点では、このような療養のための休職制度は、解雇の猶予措置として労働者の利益となる場合があるため、休職制度全般については、必ずしも、不利益変更のみの側面を有するわけではありません。
しかし、私傷病休職の場合、大抵その期間中無給もしくは減給となることが多く、 またその期間が勤続期間に算入されないなどの大きな不利益をもたらされたり、解雇と同様の労働契約を終了させる効果を持つ自然退職の規定が設けられたりすると、労働者にとって不利益に作用する内容が生じます。自然退職の規定についても、立証責任という側面では、普通解雇と比べ、労働者の負担が大きくなるという面で不利益変更にあたると考えるのが相当です。
3 合理性について
では、不利益変更にあたるとして、その変更に合理性が認められるかどうかですが、合理性判断についていえば、規定の変更自体については一概に合理性を否定されるものではなく、その内容が特段不合理(例えば、休職要件の設定が不合理であったり、自然退職の規定が労働者に極端に不利な文言となっている場合)なものでない限り、法の予定する内容を表したものとも言えます。また、メンタル不調により就労が困難な労働者にとっては、無理に断続的に欠勤勤務を続けるよりも、休職制度の下、適切な期間適切な環境の下で、療養を行なうことで、結果、従前の職場に復帰できる場合もあります。
また、休職に合理的 な必要性が認められなければ、 休職命令は、権利濫用として無効と判断される場合もありますし、病気等の治癒により休職事由が消滅し、労働者が医師の診断書を示して復職を求めている場合には、 使用者は合理的根拠なしにそれを拒否することは許されない、むしろ、使用者は、労働者が復職できるよう軽減業務を準備するなどの配慮を求められています。
このように、仮に就業規則上、自然退職を前提とする休職規定があったとしても、無制限にその規定を適用できる訳ではないことからしても、就業規則の変更については合理性が認められる場合が多いものと考えます。
もっとも、特定の社員の退職を狙い撃ちにするような就業規則の変更については、そのことのみによって合理性が否定される可能性もありますので、その点はご留意ください。

谷川安德

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