退職事由による退職金の不支給・減額について~モデル就業規則を例にそのリスクを考える~
本稿では、従業員の退職事由、特に非違行為によって懲戒解雇するような場合に、退職金を不支給とすることができるのか、減額できるのか等について解説致します。
Contents
1 問題意識として
非違行為の認められる従業員を退職させようとする場合に、手段としては自主退職(退職勧奨含む)、普通解雇、懲戒解雇といった典型的な手段があります。
こうした非違行為の場合、使用者としては、退職金を不支給としたい、あるいは少なくとも減額したいと考えるのが多くある感覚かと思います。
しかし、対応を間違えれば、未払退職金請求や損害賠償請求が認められる可能性がありますので、留意事項について解説致します。
2 退職金の定めについて
労基法は、 退職金の定めをする場合には、その具体的内容(適用される労働者の範囲、退職金の決定・計算・支払方法、支払時期)を就業規則に明記することを使用者に義務づけています。
厚生労働省のモデル就業規則では、以下のような規定が紹介されています。
(退職金の支給)
第54条 勤続〇年以上の労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、自己都合による退職者で、勤続〇年未満の者には退職金を支給しない。また、第67条第2項により懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。
2 継続雇用制度の対象者については、定年時に退職金を支給するこ ととし、その後の再雇用については退職金を支給しない。 |
このように、退職金が制度として規定され、その支給基準が明確になっている場合には、労働者は法的には、「退職」という事実を停止条件ないし不確定期限(日常用語としての条件という程度の一応の理解で結構です。)として、退職金請求権をもつこととなります。
3 退職事由による区別
厚労省のモデル就業規則でも、「自己都合による退職者」や「懲戒解雇された者」について、不支給または減額を認める規定を定めています。
退職金は、勤続年数で機械的に加算されるのが通常ですから、賃金の後払いとしての性格を持ちます。そうすると、賃金の後払いである以上、仮に自己都合退職したからといって減額ないし不支給とされるいわれがないのではないかという疑問が出てきます。
しかし、退職金というのは、賃金の後払いという性格だけではなく、会社によりけりではありますが、就労してもらったことへの報償という意味あいを持たせることがあります。そうした側面を捉えると、自己都合で退職した者で勤続年数の浅い者や懲戒解雇で退職した者に対しては、不支給ないし減額することにも合理性が認められるといえます。
もっとも、ここで注意すべきは、形式上は、「自己都合」という形をとっていても、例えば会社都合とされる退職勧奨の結果、形として自己都合退職したようなケースなどです。要するに形式と実質(退職に至る経緯)が異なるような場合です。実はこのような場合には、未払退職金あるいは損害賠償としての請求が認められているケースがありますので注意が必要です。
4 懲戒解雇と退職金
懲戒解雇と退職金については、本稿では二つ留意点をご紹介します。
(1) 任意退職後の懲戒事由の発覚
非違行為の懲戒処分が行なわれる前に従業員が自主退職していた場合や、非違行為を認識しつつ、自主退職を認めていたような場合で、その後懲戒解雇事由が確認されたということで、就業規則に基づき退職金を不支給または減額出来るかどうかという相談もお受けすることがあります。
結論としては、退職によって労働契約関係が終了している以上、遡って本来退職金は不支給または減額すべきであったとして、就業規則の規定を根拠として返還請求することは出来ないと考えます。もっとも、当該元従業員に対して、損害賠償請求出来るかどうかは別の話ですので、実質的な公平は別の法的場面になりますが、そこで図られることになります。実務的には別事件、別訴として取扱うことになりますので、会社の負担は相当に重くなりますから、懲戒解雇事由を認識しているケースでは、不用意に退職届けを受理ないし承諾しないようにご留意ください。
(2) 減額か不支給か
モデル就業規則には、懲戒解雇の例において「退職金の全部又は一部を支給しないことがある。」として、不支給だけではなく減額も想定した規定が紹介されています。
既述しましたが、これは退職金の性格を考慮したものと思われます。つまり、退職金を不支給とできる理由としては、過去の功労に対する報償的な意味を重視することが挙げられますが、そうすると、退職金の全部を無にしてしまうほどの非違行為があったのかという実質が問われることになるからです。懲戒解雇としては理由を有していたとしても、その非違行為の程度は異なることは勿論あり得ます。その点で、完全不支給とできるのか、減額にとどめておくべきであるのかは、検討すべき論点の一つです。
裁判例においても、この点が争われた例はありますので、安易な判断は避ける必要があります。
5 最後に
モデル就業規則を題材にしても、実は裁判上のリスクは内在しています。個別案件毎に慎重な検討と対応が必要です。

谷川安德

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