社員の能力確認のために整えるべき社内体制について弁護士が解説

 

1 はじめに

企業活動において、社員が、求められる能力を適切に発揮し、業務を円滑に遂行していくことは、生産性や組織運営の基盤となる重要な要素です。しかし、実際には、採用時に期待した能力を発揮できず、その能力不足が職務遂行に支障をきたす社員が在籍するケースも少なくありません。

このような能力不足の状態は、労働契約上の債務不履行に該当し、就業規則で著しい能力不足を普通解雇事由と定めている場合には、解雇を検討することもあるでしょう。しかし、日本の厳格な解雇規制の下では、安易な解雇は無効と判断されるリスクが高く、企業には、段階的かつ客観的な体制の整備が求められます。

本稿では、採用段階から本採用後に至るまでの能力確認と、能力不足社員対応に備える社内体制の整備について解説します。

 

2 能力確認体制を整える必要性

能力不足を理由に解雇や本採用拒否を行う場合、企業は労働者からの争訟リスクを負います。労働契約法16条に基づき、客観的合理性と社会的相当性がなければ解雇権濫用として無効とされ、賃金支払い義務(バックペイ)も生じます。

そして、能力不足を理由とする本採用拒否や解雇が法的に有効とされるためのハードルは非常に高く、単なる主観的評価では不十分であり、能力不足の「事実」「程度」「教育指導実績」「解雇回避措置」などの合理的な評価プロセスと客観的な記録が必要です。

 

3 採用段階からの備え

⑴ 要求水準の明確化

まず、採用段階から、労働契約の目的=企業が労働者に求める能力を明確にしておくことが重要です。

具体的には、募集要項や面接等において、募集理由、使用者が期待する能力や業務内容を明示し、かかる説明を行ったことを記録にのこしておくこと、労働条件通知書や雇用契約書等にもこれらを明記することが考えられます。

とりわけ中途採用や管理職・専門職を高待遇で採用する場面においては、職位や待遇に応じて期待される能力・適性・成果をあらかじめ具体的に示しておくべきです。

⑵ 試用期間の活用

試用期間を設けて業務適性を見極めることも有効です。就業規則や雇用契約で本採用拒否の要件・手続を定め、延長が必要な場合の条件・期間も記載しておくことが望ましいです。

なお、試用期間の延長は「本採用を拒否できる場合にそれを猶予する延長」に限られ、複数回の延長は不相当と判断され得ることに注意が必要です。

 

4 採用後の継続的な評価・記録体制

能力・適性を適格に判断し後に証拠とするには、継続的な記録・評価体制が欠かせません。

⑴ 目標設定とフィードバック

定量的な目標を設定し、達成度や改善点を業務日誌等に具体的に記録します。上司からのフィードバックでは、パワーハラスメントと評価されないよう、感情的な表現は避け、事実に即した内容とし、改善提案と併せて記載することが重要です。達成できなかった理由や改善点も含めて具体的に記録するようにします。

⑵ 合理的な人事評価

昇格降格・昇級降級・賞与等の評価にも、能力不足が現れることがあります。あらかじめ客観的な評価基準を設け、査定理由を文書化しておくべきです。

 

5 能力不足が判明した場合の対応

能力不足が判明した場合でも、解雇が有効となるためには、当該従業員に「改善向上の見込みがないこと」や企業の「解雇回避措置」が求められますので、いきなり解雇に踏み切ることは大きなリスクを伴います。なお、専門職や管理職など、中途採用で職位や業務内容を特定して採用されたような従業員については、企業に求められる解雇回避措置の程度が緩和されると考えられていますが(東京地判平成14・10・22など)、このような裁判例においても、一定の措置が実施されていたという事実関係が前提となっているため、同様の体制を整えておくべきでしょう。

⑴ 改善向上に向けた教育・指導の実施(業務命令権)

本人の理解度や改善意欲に応じて、具体的な指導を行います。能力不足判明後は、業務に支障が出ていることが多く、強い接し方になってしまいがちですが、感情的な叱責・配慮に欠けた指導はパワーハラスメントと評価されかねませんので、改善向上を目的とした教育指導であることを意識しましょう。

さらに、必要に応じて、「業務改善計画(PIP)」を実施し、到達目標とスケジュールを明示して改善を促すことも有用です。

教育指導の実施にあたっては、面談を定期的に行い、業務改善・能力向上に向けて、現状や目標の具体的な内容を共有すること及び、これらを記録に残すことが極めて重要です。PIPを実施したうえで行った能力不足を理由とする解雇を無効とした裁判例において、裁判所は、「PIPの目標設定は適切なもの」としつつも、「実施の過程で当該従業員と上長との面談等がどの程度行われ、会社が当該従業員に求める業務改善の具体的内容について共有されていたのか、本件PIP実施中の当該従業員の取り組みにつきどのようなフィードバックがされていたのか等の詳細について、証拠上明らかでない」と指摘しています(東京地判令和6年月18日)。

また、ここで注意していただきたいのは、当該社員に忖度して、実際の評価よりも甘い評価を記録してしまうことのリスクです。実際、能力不足の社員に対して数年にわたる長いスパンで改善指導を行った会社において、改善指導期間終盤に上司が肯定的なフィードバックを業績評価書に記載していたという事案において、「本人の転職を見込んで厳しいコメントを記載しなかった」という主張がなされましたが、裁判所は、能力不足から解雇を検討すべき客観的な状況にあったことは認めつつも、当該肯定的な評価の存在を指摘して、「当時、原告の職務遂行能力の問題が落ち着いており、解雇当時は、是正し難い程度であったとまでは認められない」旨判示し、解雇を無効としました(東京地判令和5年10月27日)。

⑵ 配置転換・降格・人事考課等

現在の部署では適性がない場合、配置転換を行うことも考えられます。配置転換先の業務において、直ちに適性を判断するのではなく、配置転換先でも注意指導を繰り返すことが必要です。

降格については、就業規則や制度上の根拠を確認し、経済的不利益を伴う場合は得に慎重な運用が求められます。

賞与支給額や昇給は、人事考課に基づき決定されるものですが、能力不足の社員に対しては、人事考課の結果としてその金額に反映させることが考えられます。その前提として、人事考課項目を各企業に合った内容で整備しておかなければなりません。

⑶ 退職勧奨

各段階を踏んでも改善が見込めず、退職勧奨を行う際には、執拗・長時間にわたる強要・威圧的な言動は避け、丁寧な事情説明と記録を残す必要があります。退職願の提出を受けた場合は、受理権限のある者による速やかな退職受理の通知などの退職合意に関する処理が必要です。

⑷ 与える業務の水準

能力がないと判断した従業員に対して、まったく仕事を与えない、簡単な業務しか与えないといった対応を取っているケースがあります。しかし、最終的に解雇することを視野に入れるのであれば、適正に基づいた業務を割り当て、能力不足を裏付ける証拠を積み上げる必要があります。

また、過小な業務ばかり与えたり、業務を全く与えないといった対応は、パワーハラスメントとされるリスクがあり、逆に、当該従業員の能力評価に見合わない高度な業務を任せることは、当該従業員の能力を評価していることとして解雇の合理性を否定する不利な事情になりかねません。実際、能力不足を理由とする解雇を無効とした裁判例において、会社が従業員を能力不足と認識しながら、エルダー社員に指名して新人教育という業務を担当させていたことにつき「新人社員の教育は、会社にとって重要事項であることは容易に推測できるところ、労働能力が著しく劣り、向上の見込みがないような従業員に担当させることは通常考えられない」として、評価と矛盾した業務を任せていた点が会社に不利な事情として指摘されています(東京地判平成11年10月15日)。

 

6 以上のような体制を構築運用するには、以下の社内整備が必要です。

・就業規則・評価制度の整備

・対策マニュアルの作成配布

・管理職・指導担当者への研修

これらを整備することで、個別の問題社員対応にとどまらず、組織全体としての人材マネジメント向上にもつながります。

 

7 グロース法律事務所の問題社員対応

能力不足社員を放置すれば、職場全体の士気や生産性に悪影響を及ぼします。一方、誤った対応は労使紛争の火種となりえます。

採用時から明確な水準を設定し、継続的な評価と記録、指導といったサイクル、能力不足が判明した場合の改善指導体制を整備しておくことで法的リスクを低減できますし、ひいては従業員が本来の能力を発揮できる組織づくりにつながります。

グロース法律事務所では、能力不足社員をはじめとした問題社員対応の実績が多くあり、紛争時の対応を含め、問題社員対応の書式の提供や平常時における体制構築のアドバイスまで幅広いご対応が可能です。問題社員対応でご不安を感じられておられる場合は弊所までお問合せください。

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山元幸太郎

山元幸太郎

兵庫県出身・立命館大学法科大学院修了。労務管理、契約書審査、企業間交渉等、中小企業法務を中心に業務を行う。難しい概念も分かりやすく説明し、依頼者のよき伴走者であれるよう意識している。
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