問題社員対応と人事異動による労働条件の不利益変更について弁護士が解説
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1 はじめに
企業における人事労務管理において、職務遂行能力が欠如している、協調性を欠いた言動やハラスメントを繰り返すといったいわゆる「問題社員」への対応は避けて通れない課題の一つです。問題社員の類型等の詳細については、弊所別稿「問題社員への対応のポイント~企業経営者が身につけておくべき基本方針~」もご参照ください。
我が国では、長期雇用慣行の下で解雇が強く制限されているため、その反面として、配置転換や降格・出向など、使用者の人事権を活用することが一般的に行われてきました。しかし、これらの措置も無制限に認められるわけではなく、①使用者の人事権行使に契約上の根拠(労働協約・就業規則・労働契約)が存在すること、②その権限行使が権利濫用(民法1条3項、労働契約法3条5項)などの強行法規に反しないことが求められます
問題社員対応においても、注意・指導などの改善機会を設けたうえで、段階的に降格や配置転換などの措置を講じることが有用ですが、これらの措置を行うにあたっては、法的リスクを十分に理解し、適切に対応することが求められます。
2 人事異動による労働条件の不利益変更とは
人事異動とは、法律上明確な定義が存在するわけではありませんが、配置転換、出向、転籍、昇進や降格など、労働者の労働条件または労働実態に実質的な変更をもたらす人事上の措置を言います。そして、これにより、労働者の労働諸条件や実態(労働時間、賃金、就業場所、業種等)が当該労働者の不利益に変更されることを人事異動による労働条件の不利益変更と言います。
3 人事考課
人事権の行使としての人事異動の前提となるのが人事考課です。多くの企業では、役職制度(部長・課長・係長など)、職能資格制度(職務遂行能力に応じた格付け)や職務等級制度(職務の内容・責任に応じた分類)を導入し、人事考課の結果に基づいてこれらの制度上の処遇を決定しています。
人事考課の制度が就業規則などを通じて労働契約の内容となっている場合、使用者は人事考課権を持つことになり、その行使には、広い裁量が認められます。ただし、評価基準が不透明であったり、明らかに不合理な内容に基づいて行われた場合には、その人事考課に基づく人事措置が無効と判断されることがあります。
たとえば、評価項目に含まれていない私生活の問題を理由に低評価を下したようなケースでは、裁量権の逸脱・濫用として人事考課が違法と判断され、人事考課に基づく人事異動が無効とされたり、不法行為に基づく損害賠償請求が認められるリスクがあります。
4 降格・降級
降格・降級とは、役職または職能資格・職務等級を低下させることをいいます。なお、ここでいう降格は、人事権の行使としての降格(従業員の業務ぶりに着目)であって、懲戒処分としての降格(従業員の非違行為に着目)とは全く別物である点に注意して下さい。
⑴ 役職の低下(職制上の降格)
役職を低下させる職制上の降格については、成績不良や職務不適合その他業務上の必要性があり、法律上禁止された差別、不利益取扱いや権利濫用にあたらない限り、特に就業規則上の根拠がなくとも行えるとされています。
例えば部長から課長への引下げは、労働者の適性や勤務成績を評価して行われる労働力配置の問題であって、経営判断事項として使用者の裁量にゆだねられることが労働契約の内容となっていると解されるからです。逆に、職務・職位を特定して採用された従業員など、これとは異なることが、契約上定められている場合には、役職の低下としての降格も制約されることになります。
⑵ 職能資格・職務等級の低下
職能資格や等級を低下させる降格・降級は、これと直結している基本給の減額をもたらす契約上の地位の変更ですから、契約上の根拠が必要とされます。また、契約上の根拠があったとしても、その契約内容に沿った措置であるか(降格に値する職務遂行能力の低下があったか)、権利濫用などの強行法規違反に当たる事情がないかが検討されます。
降級を行うには、具体的事実による根拠に基づき、本人の顕在能力と業績が属する資格(給与等級)に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断することができることを要するとした裁判例があります(マッキャンエリクソン事件・東京高判平成19年2月22日)。
5 配置転換・出向・転籍
⑴ 配置転換
配転(配置転換)とは、職務内容や勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるものをいいます。このうち転居を伴うものは転勤と呼ばれます。
使用者は、労働者との労働契約の範囲内において、労働者をその指揮命令下に置き、労務を提供するように命じることとなりますが、その際、使用者が業務遂行上、より適切かつ有効と考える配置を行うことが認められています。他方で、労働者としては、配転が行われた場合、業務の内容や通勤上の条件が変更されるなど、重要な労働条件の変更となりますから、労働契約上の根拠が必要とされます。
この点、就業規則に、「業務上の都合により配転を命じることができる」といった規定が置かれていることが多く、このような概括的な規定でも、一般に合理的なものと解されています。なお、職種(看護師や税理士など特殊資格・技能を有する場合)や勤務地(現地採用の一般職社員など)を限定する明示・黙示の合意がある場合には、配転命令権はその合意の範囲内のものに限定されることに注意が必要です。
そして、この配転命令権について契約上の根拠がある場合であっても、①配転命令に業務上の必要性が存在しない場合、②使用者側に不当な動機・目的がある場合、③当該労働者が負う不利益が著しく大きい場合には、権利濫用として無効となります(東亜ペイント事件)。したがって、問題社員を退職に追い込む目的で、病気の親族を介護しなければならないという事情があるにも関わらず遠隔地に転勤させるといった場合には、配転命令が無効とされることがあります。
さらに、裁判例は、労働者に内示や意見聴取を行い、家庭の事情等を考慮にいれたか、配転の理由や内容等について労働者に具体的に説明したかなど、配転に至る手続の妥当性を考慮に入れて判断する傾向がみられるため、この点にも留意する必要があります。
⑵ 出向・転籍
一つの企業を超えた労働者の異動として出向と転籍があります。出向とは、出向元企業に籍を残しながら、出向先企業で働くことを言います。転籍とは、移籍元企業との労働契約関係は終了させ、移籍先の企業と新たな労働契約関係に入ることをいいます。
人間関係が合わず協調性が欠如していると評価せざるを得ない従業員や、現在属している会社においては能力が不足していると判断せざるを得ない従業員も、企業を超えた異動をすることで解決する場合もあるでしょう。
企業間の人事異動である出向の場合には、労務提供の相手方企業が変更され、他企業で働くことを余儀なくされるため、通常の配置転換よりもその要件は厳しく判断されます。すなわち、黙示の契約内容になっているだけでは足りず、契約上の明示の根拠がない限りは認められません。出向においては、勤務先の変更に伴い、賃金等の労働条件、キャリア等で不利益が生じ得るため、この点に対する配慮が必要になります。すなわち、出向を命じる際には、出向先での労働条件、出向期間、復帰条件などが出向に関する規定等によって整備されていることも必要となります。
6 賃金の減額とその法的限界
賃金は労働条件の中核であり、その減額は労働者に重大な不利益をもたらすことから、慎重な検討が必要とされます。賃金の減額に契約上の根拠があっても、権利濫用(労契法3条5項、民法1条3項)として無効と判断されることがあります。
賃金の変更は、生活設計にも大きな影響を与えるため、企業としては事前に十分な説明を行い、本人の納得を得る努力が求められます。また、従業員代表や労働組合との協議を通じて制度設計・運用を進めていくことが、法的トラブルの予防につながります。
なお、職務や役職の変更に伴う「人事措置」による減給とは異なり、賃金の減額が、従業員の企業秩序違反行為に対する懲戒処分としての減給である場合には、就業規則に明記された減給処分の要件や限度(労基法91条:1回の額が1日平均賃金の半額を超えてはならない)を満たす必要があります。
7 人事異動の適法性を確保するための整備
業務命令権に基づいて注意指導を行っても改善されない問題社員に対しては、上記の人事権を行使することにより、当該従業員の地位を変動させ、能力に見合う配置や、職場環境の調整を行うことが有益です。
いざというときに適法かつ円滑に人事異動を行うためには、企業として、平時から以下のような制度や運用体制の整備が不可欠です。
⑴ 就業規則や人事制度の整備
まず、就業規則において、人事異動の権限に関する明確な規定を設けておくことが基本です。抽象的な文言でも有効とされる傾向はありますが、可能な限り、職務・勤務地の変更、出向や降格の可能性がある旨、またその判断基準等も含めて具体的に明文化することで、法的リスクを大幅に低減できます。
⑵ 雇用契約における明示
勤務地限定や職種限定の雇用契約を結んでいると、人事異動が制限されるため、採用時や異動時に、職種・勤務地・職務内容の限定がないことを明示しておくことも重要です。
⑶ 人事考課制度の運用と記録管理
人事異動の正当性を担保するには、勤務状況や人事考課の記録を平時から蓄積しておくことが不可欠です。
人事考課制度そのものも、合理的かつ客観的に制度化されており、かつその運用が一貫していることが求められます。
⑷ 労働者とのコミュニケーションと説明の履歴
いざ人事異動を行う場合には、対象となる従業員への事前説明と意向確認も重要です。一方的かつ突然に行うとトラブルになりやすいため、個別面談等を通じて、必要性や理由を丁寧に伝えたうえで、可能な範囲で協議・調整を行う姿勢が望まれます。
説明内容や本人の反応などについて記録を残しておくべきでしょう。
8 グロース法律事務所の問題社員対応
グロース法律事務所は、問題社員対応の実績が多くあり、紛争時の対 応を含め、問題社員対応の書式の提供や平常時における体制構築のアドバイスまで幅広いご対応が可能です。問題社員対応でご不安を感じられておられる場合はぜひ弊所までお問合せください。

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