転落事故編【介護事故の類型別対応策(裁判例を基に)】
介護事故は、事故類型ごとに分類することが可能であり、介護事故全般に共通する対策の他に類型ごとに取るべき対策があります。
本稿では転落事故について、実際の裁判例を基に事業所として取るべき対策について検討します。
Contents
介護事故への事前対応・事後対策について
予見可能性と結果回避可能性
介護事故において、事業所が負うべき法的責任には不法行為責任と契約上の安全配慮義務違反がありますが、いずれにおいても責任の有無を判断するにあたっては、その介護事故が発生すること(危険)を予見することができたか(「予見可能性」)と、何らかの措置を講ずれば介護事故の結果を回避することができたか(「結果回避可能性」)が検討されます。この予見可能性と結果回避可能性が認められた場合に、事業者は介護事故について賠償責任を負うことになります。
以下の裁判例でも予見可能性と結果回避可能性について争点になっています。
平成28年3月23日東京高等裁判所判決
- 事案の概要
認知症専門棟のショートステイに入所していた高齢者が、施設内の食堂の窓をこじ開けて施設の外に出ようとし、窓から転落し、死亡した事案。
- 当事者
入所者 認知症による日常生活自立度はⅣ(認知症による症状・行動が頻繁にみられ、常に介助を必要とする状態)。他の介護施設での介護を断られる状態であった。
事業所 認知症専門棟を有する介護老人保健施設
認知症専門棟の定員は50名であり、当直として介護職員2名及び看護師1名が業務にあたっていた。
- 事故に至る経緯
- 入所者は平成22年に認知症と診断され、その後症状が進行し日常生活自立度 Ⅳとなり他の介護施設から介護を断られる状態であった。
- 平成24年7月に認知症専門棟を有する事業所と短期入所療養介護契約を締結した。介護計画書・施設サービス計画書には帰宅願望があることが記載されていた。
- 入所後も入所者は度々帰宅願望に基づく言動が認められた。
- 事故当日は強い帰宅願望は認められる一方で、入所者は認知症専門棟の廊下をゆっくり歩行するだけで不穏な様子も訴えもなかった。またこれまで窓から外に出ようとするなどの異常行動は見られなかった。
- しかし、入所者は午後8時ころ、施設内の食堂の窓を解放し、雨どい伝いに地面に降りようとして落下し、出血性ショックにより死亡した。
- 食堂の窓について、高さ160cm弱、幅約100cmの両引き窓であり、床から89cmの高さである。但し、窓の下に高さ80cmのキャビネットが設置されており、このキャビネットに乗れば窓から体を出すことは容易であった。
- 当該窓については中間止めとしてストッパーが設置されていたが、当該ストッパーは通常の用法によらずコツコツと窓をストッパーに当てることにより容易にずらすことが可能なものであった。なお、当該ストッパーの用法には窓の中間止めとしての利用は予定されていなかった。
- 事業所の主張(安全配慮義務違反・工作物責任(窓の不備)について)
◎転落する予見可能性はなかった
・入所者はこれまで2階にいるものとして危険な行為に及んだことは一切なく、これまで何度も利用していた食堂の窓から外に出ようとするなど予見することはできない。
・事故直前も普通に廊下を歩行していただけで、特段の異常は認められておらず、窓からの外出を具体的に予見することも不可能である。
◎結果回避可能性はなかった(取りうるべき対策は講じていた)
・食堂の窓にはストッパーを設置しており転落防止義務は果たしていた。使用していたストッパーは他の施設でも中間止めとして広く一般的に使用されているものであり、用法違反などは認められない。
- 裁判所の判断
◎安全配慮義務違反について
①②③により、施設職員はできる限り入所者を見守り、適切に声掛けをするなどの対応をすることが望ましかった。しかし、当時の入所者は施設内の廊下をゆっくり歩くなど不穏な様子もなく、入所者が認知症専門棟を抜け出さない限りは自由行動をさせていたことについて安全配慮義務違反は認められない。
◎土地工作物責任について
認知症患者の一般的知見からすれば、帰宅願望を有し徘徊する利用者の存在を前提とした安全対策を講じることが必要であり、そのような利用者が2階以上の窓から外へ出ようとすることもあり得るものとして、施設の設置又は保存において適切な措置を講ずべきである。
本件のストッパーは本件窓をコツコツと特に大きな力によることなく当てることにより容易にずらすことができたこと、中間止めとしての用法は想定された使用方法ではないことからすれば、認知症患者が帰宅願望に基づき本件ストッパーをずらし窓を解放することは容易に認識し得たものである。
よって、食堂窓の本件ストッパーによる開放制限は認知症専門棟の食堂に設置する窓に講じる措置としては不適切で、通常有すべき安全性を欠いていたものである。
従って事業所は工作物責任に基づき賠償責任を負う。
なお、本件ストッパーが一般的に広く他の施設で使用されていたとしても結論が左右されるわけではない。
裁判例からみる取るべき対応
本件では事業所に2000万円の賠償が認められています。
この裁判例からわかることは、
予見可能性について、具体的な行動の予測ができない場合には予見可能性が否定されることがあることを示しており、事業所にとって一つの指針になります。しかし、結局は工作物責任により事業所の責任は認められていますので、転落事故についてこれまでに異常行動がなかった場合には予見可能性が否定されると安易に結論付けるのは危険です。
また、本件ストッパーは広く一般的に中間止めとして使用されていたとしても、工作物責任としての結論は変わらないと判断されています。ここからは、他の施設が使用しており一般的になっていても、本来の用法と異なっていれば責任を負う可能性があることから、施設の設備について本来の用法に基づいた使用であるかの確認が必要です。
認知症利用者の転落事故については、帰宅願望など認知症の特徴に合わせた対策が必要になります。そのような専門的な知見について施設内で共有し、マニュアル・ヒヤリハット報告の作成、それらの情報共有の体制構築を行う必要があります。
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徳田 聖也
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