残業代請求に対する使用者側の反論のポイント① ~残業代請求の動向予測と労働時間法制の全体像~
Contents
1 残業代請求の動向予測
(1) 残業代紛争の増加の背景
残業代請求事件は、今日までの間においても増加の傾向が見られました。それは、
①転職の一般化→退職労働者からの請求
②労働審判による迅速解決
③インターネットによる業務広告・アクセスの容易性
といったところに背景があったと分析することができます。
③については、労働者側のご相談を多く受けているHPでは、おおむね以下のような案内を目にします。
Q:残業代の計算方法について教えてください
Q:管理職だから残業代が出ないと言われたが正しいのか?
Q:残業代請求の際に有効な証拠は?
Q:手元に証拠となるものがない場合は諦めるしかない?
Q:朝礼・着替え・仮眠・移動時間は労働時間に含まれない?
(2) 中小企業に特有の問題
ところで、中小企業においては、特に以下のような特有の事情があるケースが多く、残業代請求が行われやすい背景ともなっています。
①就業規則等の不備
②各種規程の不適切な運用
③証拠(タイムカードがない等)が不十分
④労働者がそれを知っている
(3) 消滅時効期間の延長による今後の予測
また、残業代請求については、消滅時効期間の延長に伴い、増加や負担額増大のリスクが生じる可能性があります。
ア 法改正について
具体的には、2020年3月31日までは、賃金請求権の消滅時効は2年とされていましたが、2020年4月1日以降は、民法改正により債権の消滅時効が5年とされたことに伴い、賃金請求権も消滅時効が5年となりました。但し、経過措置として当面の間は3年間とされています。なお、消滅時効期間の延長は、支払日が2020年4月1日以降に到来する賃金について適用されます。
イ H31・R1監督指導による賃金不払残業の是正結果(厚労省資料から)
実際、全国的にみた場合に、労働基準監督署の監督指導により、どの程度賃金不払残業の是正が行われたかについては、厚労省資料により以下のとおり発表されています。あくまで平均値となりますが、これを見ればわかるように、支払われた割増賃金の平均額は1社あたり611万円となっていますが、611万円もの割増賃金について早急な資金手当てを行うことは容易ではありません。
①是正企業数 1,611企業(前年度比 157企業の減)うち、1,000万円以上の割増賃金を支払ったのは、161企業(前年度比 67企業の減) ②対象労働者数 7万8,717人(同3万9,963人の減)③支払われた割増賃金合計額 98億4,068万円(同26億815万円の減) ④支払われた割増賃金の平均額は、1企業当たり611万円、労働者1人当たり13万円 |
2 労働時間法制の全体像
使用者側の反論のポイントを理解するにあたっては、労働時間法制の全体像や裁判所の判断傾向について理解しておく必要があります。
(1) 割増賃金制度の趣旨
まず、割増賃金制度自体の制度趣旨ですが、これについては「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、①時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、②労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される」(最判H29.7.7、最判H30.7.19)というのが判例です。
このような法律遵守、労働者への補償という趣旨は裁判所の判断の根底にあるものとして念頭に置いておく必要があります。
(2) 「労働時間」の意義
また、「労働時間」についても、この残業代請求で問題とされる「労働時間」は何かということを理解しておく必要があります。
すなわち、「労働時間」という場合、
①労働契約上の労働時間(所定労働時間)
②労働基準法上の労働時間(実労働時間)
この②の労働基準法上の実労働時間については、「労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより、客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」(最判H12.3.9)というのが最高裁の立場です。
そこで、
Q:業務に付随する活動(作業の準備、後始末、朝礼、たいそう、作業服等の着脱等)
Q:不活動時間(仮眠時間等)
Q:企業外での研修や運動会への参加、持ち帰り残業
Q:さぼり時間
などが、実労働時間にあたるのかどうかが多く問題となってきました。
(3) 原則・除外・特則の整理
労働基準法上、労働時間や休憩、休日については、原則が定められており、原則を超える時間外労働については割増賃金が発生するとされています。
この点で、「管理監督者」「変形労働時間制」「事業場外みなし労働時間制」等が原則との関係でどういった位置づけにあるのか、整理したいと思います。
まず、管理監督者等(労基法41条)や高度プロフェッショナル制(労基法41条の2)については、労基法の原則が適用されないという意味で、適用が除外される制度、と整理するのが分かり易いと思います。
一方、「変形労働時間制」(労基法32条の2、32条の4,32条の5)や「フレックスタイム制」(労基法32条の3)については、法定労働時間の枠を柔軟に変えるという意味で、法定労働時間枠についての特則的な制度と整理出来ます。
また、「事業場外みなし労働時間制」(労基法38条の2)や「裁量労働制」(労基法38条の3、38条の4)については、労働時間の算定方法自体について特別の制度設計を行ったものであるため、労働時間算定についての特則、という整理が分かりやすいかと思います。
こうした原則と例外(適用除外・特則)の整理は、残業代請求の場面における使用者側の主な反論にはどういったものがあるかという整理にもなります。
残業代請求に対する使用者側の反論のポイント② ~残業代請求事件で使用者側がなし得る反論と必要な証拠~についてはこちら
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