誤嚥事故編(請求棄却)【介護事故の類型別対応策(裁判例を基に)】

介護事故は、事故類型ごとに分類することが可能であり、介護事故全般に共通する対策の他に類型ごとに取るべき対策があります。

本稿では誤嚥事故について、事業所の責任が否定された実際の裁判例を基に事業所として取るべき対策について検討します。同じ誤嚥事故で事業所の責任が認められた裁判例(誤嚥事故編【介護事故の類型別対応策(裁判例を基に)】平成30年2月19日熊本地方裁判所判決)もご参考ください。

 

 注意義務違反の具体的内容について

介護事故において、事業所が負うべき法的責任の一つに契約上の安全配慮義務違反がありますが、この責任の有無を判断するにあたっては、介護を行うものが、実際の事故において、具体的にどのような注意義務を負うのか(どのような行動をとらなければならなかったのか)ということについて争いになることがあります。

本件でも、誤嚥事故が生じる各場面において、職員がどのような行動をとるべきだったのかという点が争点になっています。

 

平成26年12月25日福岡地方裁判所田川支部判決

  • 事案の概要

有限会社の運営するグループホームに入所していた食事全介助が必要であった入所者が、食事介助後、一定時間経過後に、誤嚥による窒息状態となり、救急搬送されたものの死亡した事案。

 

  • 当事者

入所者 脳梗塞を発症し、半身麻痺や認知症により日常生活動作はほぼ全介助を必要とする状態であった。要介護度5。

事業所 グループホームを運営する有限会社。

 

  • 事故に至る経緯
    • 入居者は平成17年ころに本件施設に入所し、以降食事も含め日常生活動作については全介助の状態であった。特に食事については嚥下機能が低下しており、食べ物については細かく刻み、とろみを付けたものが提供されていた。
    • 平成22年10月19日の夕食時も細かく刻みとろみを付けた食事が提供されていた。

食事介助者が、声掛けをしながら食べさせようとしたものの、入所者は口を開くものの、動かさず、食べものを飲み込もうとしなかった。また、口に入れた食べものが入所者の口腔内より流れ出てくる状態で、ほとんど摂取ができなかった。

そこで、口腔内から食べものが流れ出てくる状態であったことに対し、更に食べさせようとはしなかった。

  • また、入所者の食事中には、左手に一五秒ほどの振戦が見られた。そこで食事介助者は、入所者に食事を与えるのを中止し、様子を見たが、その後入所者がむせ込んだり、顔色が悪くなるなど普段と違う様子は認めなかった。食事介助者が、入所者に「大丈夫ですか」と声掛けをすると、入所者は、「あー」と言ったが、その様子はいつもと変わらない様子であった。その後も、口を開けず口の中の物を飲み込もうとしなかったため、入所者に「食べませんか」と声を掛けると、入所者がいらない旨言葉を発して答えたため食事を終了し、下膳した。
  • 介助者は、入所者の食事後、入所者が食事をした机の場所から、食堂内のテレビが見える場所に入所者を車椅子に乗せた状態で移動し、他の利用者の夕食の配膳などを行いながら、入所者の様子を何度か横から見たり、声掛けを行ったが、入所者がむせ込んだり、顔色が悪くなるなどの普段と違う様子は見られなかった。また、他の介助者も、入所者の食事が終わった後、他の入所者の食事介助を終え、他の入所者の夕食の配膳などを行いながら、入所者の様子を見ていたが、入所者がむせ込んだり、顔色が悪くなるなどの普段と違う様子は見られなかった。
  • その後、4名の職員で入所者の口腔ケアを行った。口腔ケアの際、入所者に対し口腔ケアの声掛けをしながら行った。二、三回うがいや、歯ブラシでのブラッシングを繰り返し、最後に四人で、入所者の口腔内を見て、入所者の口腔内に残渣物がないのを確認し、入所者の口腔ケアを終えた。口腔ケアの間、入所者の様子を見ていたが、入所者の顔色が悪くなるほどのいつもの様子と違う様子は見られなかった。
  • 口腔ケア後、入所者の衣服が濡れていたため、入所者の自室で更衣をさせるため、入所者を自室へ連れて行き更衣を行った。更衣中、入所者の左手が紫色になっていることを見て、職員の一人が入所者の左手にチアノーゼがあると指摘した。また、入所者の顔色を見ると顔色が悪くなっていた。入所者はこのとき、自発呼吸をしており、職員の声掛けに対してもうなずき、反応していたが、元気が無い様子であった。当該時刻が午後5時20分頃であった。
  • 入所者の状態が改善しないことから、午後5時29分頃、職員は119番通報し、救急車を呼んだ。通報時は入所者の自発呼吸はあったものの、救急車到着前に、呼吸停止状態に陥った。
  • その後、入所者は救急搬送されたものの、死亡が確認された。なお、救急搬送時に口腔内に残滓物はなかったことが確認されている。

 

(4) 争点

裁判では事業所の義務について以下の3つの点が争われました。

ア 入所者が誤嚥をしないように注意して食事介助し、その後も誤嚥を生じさせないように見守り、誤嚥が生じた疑いを持った場合には誤嚥の有無を確認し、誤嚥を解消する適切な措置をとる注意義務について

イ 入所者の食事後、誤嚥が生じないように見守り、誤嚥が生じた疑いを持った場合には誤嚥の有無を確認し、誤嚥を解消する適切な措置をとる注意義務について

ウ 午後5時20分頃より前の時点で一一九番通報をするべき注意義務について

 

(5) 裁判所の判断

アについて

まず、介護に携わる者の一般的な義務として、誤嚥が生じないように注意して食事の介助をすべきであるとしました。この点については、事業所の責任が認められた平成30年2月19日熊本地方裁判所判決と同様です。

しかし、本件では、②③の事実より、

・食事提供時には細かく刻みとろみを付けたものを提供していたこと

・職員が全介助で声掛けをしながら食事提供を行っていたこと

・入所者の口から食物が流れ出た際には、食事を中止していること

・入所者の手に振戦が見られた際には反応を確かめ中止して様子を見ていること

・入所者の意思に従い食事を終了していること

・複数人で入所者の様子を見守っていること

・入所者の様子も普段と変わらず、むせ込みや顔色の変化もなかったこと

などから、職員が不適切な方法で食事介助を行っていたとは言えず、また入所者が誤嚥をしているということを予見することも困難であり、「職員が、入所者が誤嚥をしないように注意して食事介助し、誤嚥が生じた疑いを持った場合には誤嚥の有無を確認し、誤嚥を解消する適切な措置をとる注意義務に違反したとは認められない。」と判断し、事業所の義務違反を認めていません。

 

イについて

④⑤の事実より、

・入所者は夕食後しばらく食堂内ですごしていたこと

・夕食後食堂内で過ごしている際に複数の職員で入所者の様子を見ていること

・その間職員が誰もいなくなることはなかったこと

・口腔ケア実施時にも入所者に変わった様子は見られなかったこと

などから、見守りの態様が不適切であったということはできず、職員が入所者に異変が生じたにも関わらず、これを見落としたという事情も認められないとしています。

そのうえで、更衣中の入所者の左手の色が変わっていたことや、入所者の顔色が悪かったことについては、これらが入所者の夕食後相当程度時間が経過していることや、口腔ケアの後のことであったことなどからすれば、職員において、これらの入所者の異常な様子を見て、直ちに誤嚥を疑うことも困難であるから、誤嚥を解消すべき措置をとるべきであったともいえないとしています。

そして、以上からすれば、職員が、入所者の食事後、夏子に誤嚥が生じないように見守り、誤嚥が生じた疑いを持った場合には誤嚥の有無を確認し、誤嚥を解消する適切な措置をとる注意義務に違反したとは認められないと判断し、事業所の責任を否定しています。

 

ウについて

午後5時20分の異常発見後、通報まで9分程度要しているものの、入所者の自発呼吸が認められている間に119番通報を行っているものであり、異常発見から通報まで10分以内であることから不適切な対応とは言えないとして事業所の責任を否定しています。

 

裁判例から見るべき対応

本件では約2200万円の賠償請求がなされていました。

この裁判例から、食事前、食事中、食事後、事故発生後共に行うべきことが職員の間で共有されており、それぞれの職員が行うべき義務を果たしていたことが、事業所の責任を否定することにつながったことがわかります。

食事全介助であれば、当然誤嚥事故が発生する可能性は高く、そのような利用者に対し、提供する食事の内容は適切であるか、また食事介助時の見守り体制は十分であるか、異変の兆候があった場合は直ちに食事を中止しているか、食事終了後の見守り体制は十分であるか、口腔ケアは適時に適切に行われているか、など事業所が行うべきことは多岐に亘りますが、本件では複数の職員によりこれらの体制が整えられていたことが認定されています。

よって、これらの体制を通常時から整備しておくことや、異常時のマニュアルを全職員に徹底させることが重要となります。そのためには食事介助マニュアルの充実やヒヤリハット事例の収集及び共有が必要不可欠でしょう。そして、マニュアル作成やヒヤリハット事例の収集のためには、普段から介護記録について詳細に記録化することが必須です。

実は、本件では口腔ケアを行ったか行っていないかや入所者の様子が変わった時点について争いがありました。しかし、職員の詳細な介護記録が重要な証拠の一つとなり、事業所の主張する事実が認められたようです。従って、介護記録の詳細な記録化は介護サービスのより良い改善のためにも、事故が生じた際の証拠化のためにも重要な習慣であるといえます。

 

グロース法律事務所がお手伝いできること

グロース法律事務所では介護事故に関する事故マニュアル・ヒヤリハット報告作成のアドバイス、紛争予防対策、紛争解決を行っており、これらに合わせた顧問プランもご用意しております。

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徳田 聖也

徳田 聖也

德田聖也 京都府出身・立命館大学法科大学院修了。弁護士登録以来、相続、労務、倒産処理、企業間交渉など個人・企業に関する幅広い案件を経験。「真の解決」のためには、困難な事案であっても「法的には無理です。」とあきらめてしまうのではなく、何か方法はないか最後まで尽力する姿勢を貫く。
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