企業秘密の漏洩を防止するために必要なこと ~競業避止義務についての6つのポイント~

1 はじめに~人材の流動化と営業秘密の流出の危険~

同じ企業で正社員を定年まで雇用し続ける「終身雇用制度」「年功序列制度」は、日本の高度経済成長を支えてきた制度の一つです。

しかし、右肩上がりの経済成長の時代は過ぎ、終身雇用を前提とした厚遇での多人数の人材を抱え込む体力を持つ企業はむしろ少なくなってきたと言って過言ではありません。

ITの進化による生産性向上は、労働者に対して「長くうちの企業で働いてくれてありがとう」ではなく、時間あたりの労働生産性を求めるようにもなり、また、少子高齢化の中で有能な人材を確保しようとする企業は、成果主義を導入してきました。現在、終身雇用を採用する企業は約半数程度との報告も出ている状況です。

また、人材の流動化は、働き方改革の流れの一つでもある一方、同業他社への転職がなされる場合には、企業の顧客情報など、企業の生命線ともいえる財産が流出する可能性があります。

営業秘密の流出を防ぐためには、従業員との秘密保持契約や就業規則等での守秘義務の定めが有効ですが、本稿では、「競業避止」という視点から営業秘密の流出に対して、企業としてなし得る方法について解説させていただきます。

 

2 競業避止義務とは

一般に従業員の「競業避止義務」とは、「従業員が自己又は第三者のために、会社の事業と競合する行為をしてはならないとする義務」のことです。

(1) 在職中の競業避止義務

従業員は、労働契約を会社と締結することで、会社に対して、その指揮命令下で労務を提供する立場にあります。単に働くことが義務の履行ではなく、会社に不利益を与えない義務を負いますので、法律上明確な規定はありませんが、従業員は労働契約の締結によって、在職中は競業避止義務を負うこととなります。

しかし、法律には明確な規定がないことから、就業規則や、個別の合意によって、従業員が競業避止義務を負うことを明確にしておくことが必要です。

(2) 退職後の競業避止義務

一方、退職後は職業選択の自由との関係で、無制限に競業避止義務を認めることはできないとの考え方が裁判所の考え方です。

良くあるご相談事例で、就業規則に「従業員は在職中及び退職後も、会社と競合する他社に就職及び競合する事業を営むことを禁止する」といった規定を設けている会社がいらっしゃいますが、実は、このような就業規則の例では退職後の競業避止義務が無効と判断されてしまう可能性があり、注意が必要です。

裁判例では、主に以下の6項目について検討され、有効であるかどうかの判断がなされています。

①会社に守るべき利益があるかどうか

  ②従業員の地位

  ③地域的な限定があるか

  ④競業避止義務の存続期間

  ⑤禁止行為の範囲

  ⑥代償措置が講じられているかどうか

①会社に守るべき利益があるかどうか

これは、不正競争防止法に定めるような営業秘密としては管理が難しいものの、その営業秘密に準じるほどの価値を有する「営業方法」や「指導方法等」の独自のノウハウなどがあるかどうかということについての判断要素で、それらノウハウなどがあればあるほど、会社に守るべき利益ありと判断される傾向にあります。

一方、従業員自身が業務の過程で得た交渉術などは、従業員の能力と努力によって獲得したものとして、会社の守るべき利益としては認められにくいものとなります。

②従業員の地位

これは、退職した従業員の地位が競業避止義務を課す必要性のある立場であったかどうかというものです。裁判例では、従業員すべてを対象にした規定や、特定の職位にある者全てを対象としているだけの規定は合理性が認められにくい傾向にあります。

実際の裁判では、具体的な業務内容の重要性、特に会社(使用者)が守るべき利益との関わりが検討されています。

このように具体的にみた場合には、仮に正社員ではなく、アルバイト従業員であったとしても、退職後の競業避止義務が有効と判断されることがあります。実際の裁判例でも、「(退職したアルバイト従業員は)指導方法及び指導内容等についてノウハウを伝授されたのであるから、本件競業避止合意を適用して原告の前記ノウハウを守る必要があることは明らかであり、被告が週1回のアルバイト従業員であったことは上記判断〔競業避止義務契約の合理性、有効性が認められること〕を左右するものではない」と判断した裁判例があります(東京地判H22.10.27)。

③地域的な限定があるか

これは、競業を禁止する地域的な限定(例えば「大阪府及び京都府」等)があるかどうかというものです。地域的な限定については、特に限定がない事例でも有効性が認められる例もありますが、不必要に広範囲な地域での競業避止義務を課した場合に、職業選択の事由への制限が強いとして無効とする例もみられます。

④競業避止義務の存続期間

これは競業が禁止される期間についての問題ですが、形式的に何年であれば良いという明確な判例があるわけではなく、会社の利益や従業員の不利益の程度などとの兼ね合いで判断されています。

少なくとも、期間の限定のない合意はその効力を否定されており、概ね1年以内であれば、合理的範囲内と判断される傾向にあります。一方2年を超えた場合には他の考慮要素との兼ね合いにより合理性が否定されることがあるという傾向です。

⑤禁止行為の範囲

これは競業が禁止される行為・業務の範囲が特定されているかどうかという問題です。企業側の守るべき利益との整合性が問題とされますので、その整合性が取られた範囲で限定されていれば合理性は肯定されていますし、全く無限定という場合には他の要素との兼ね合いで合理性が否定されるケースもあります。

⑥代償措置が講じられているかどうか

これは競業避止義務を課す代わりに、従業員に経済的な代償措置などが講じられているかどうかという問題です。退職従業員からすれば、職業選択の自由を制限される結果となりますので、何らの代償措置も規定されていないケースでは、それのみで競業避止義務条項の合理性が否定される傾向にあります。一方、代償措置(明確には代償措置とまで規定されていなくても、賃金に含まれていたと認定できるようなケースもあり得る)が講じられているケースでは、競業避止義務条項の合理性が肯定されやすい傾向にあります。

 

3 合意をいつ取得するか

競業避止義務について合意書をいつ取得するかというのは極めて重要な問題です。特に、退職予定の従業員が、会社との間で何らかのトラブルがあって退職するというケースでは、退職時に合意書を取得しようとしても署名してくれないというケースがほとんどだからです。この場合、就業規則に退職後の競業避止義務についての具体的な規定がなければ、強制的に合意を結ぶことは不可能となります。

一方、入社時に合意書を取得することは今から働こうとする会社との合意事項について検討する場面ですから、比較的合意を得やすいのはもちろんです。

したがいまして、合意の取得時期は、必ず入社時、とすべきです。

 

4 誓約書・合意書の記載例

一例となりますが、以上の留意事項を踏まえた上での誓約書の記載例は以下のとおりです。

 

①貴社を退職するにあたり、退職後2年間は、貴社からの事前の書面による承諾がない限り、関西地区内における貴社の競合他社において行いません。

②貴社在職中に従事した貴社人材評価システムの開発に係る経験又は知見は、貴社にとっての重要な企業秘密ないしノウハウであることを貴社と確認しました。

③貴社から受領する退職手当については、上記競業避止に伴う特別手当相当分が含まれていることを貴社と確認しました。 

 

5 最後に

弊所では従業員の秘密保持義務、競業避止義務についてのご相談を多く承っております。これらの義務について解説や書式の提供をさせていただくご相談も可能ですので、お問合せ下さい。

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谷川安德

谷川安德

谷川安德 大阪府出身。立命館大学大学院法学研究科博士前期課程(民事法専攻)修了。契約審査、労務管理、各種取引の法的リスクの審査等予防法務としての企業法務を中心に業務を行う。分野としては、使用者側の労使案件や、ディベロッパー・工務店側の建築事件、下請取引、事業再生・M&A案件等を多く取り扱う。明確な理由をもって経営者の背中を押すアドバイスを行うことを心掛けるとともに、紛争解決にあたっては、感情的な面も含めた紛争の根源を共有すること、そこにたどり着く過程の努力を惜しまないことをモットーとする。
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