転倒事故編1(請求棄却)【介護事故の類型別対応策(裁判例を基に)】

介護事故は、事故類型ごとに分類することが可能であり、介護事故全般に共通する対策の他に類型ごとに取るべき対策があります。

本稿では転倒事故について、事業所の責任が否定された実際の裁判例を基に事業所として取るべき対策について検討します。同じ転倒事故で事業所の責任が認められた裁判例(転倒事故編【介護事故の類型別対応策(裁判例を基に)】平成24年7月11日京都地方裁判所判決)や責任が否定された裁判例(転倒事故編2平成28年8月23日東京地方裁判所判決)もご参考ください。 


予見可能性・結果回避可能性と入所者の行動制限

介護事故において、事業所が負うべき法的責任には不法行為責任と契約上の安全配慮義務違反がありますが、いずれにおいても責任の有無を判断するにあたっては、その介護事故が発生すること(危険)を予見することができたか(「予見可能性」)と、何らかの措置を講ずれば介護事故の結果を回避することができたか(「結果回避可能性」)が検討されます。この予見可能性と結果回避可能性が認められた場合に、事業者は介護事故について賠償責任を負うことになります。しかし、この予見可能性と結果回避可能性を広く認めすぎると、介護事業所は責任回避のため、介護事故の予兆がある利用者に対して身体拘束に近い行動制限を行わざるを得ませんが、それでは利用者のQOLを著しく低下させることになり、福祉サービスの本質を失いかねません。

以下の裁判例では予見可能性・結果回避可能性が争われると共に、入所者の行動制限と身体拘束について裁判所が見解を示している点が参考になります。

 

平成28年8月23日東京地方裁判所判決

  • 事案の概要

社会福祉法人の運営する特別養護老人ホームに入所した、全盲の利用者が職員に居室内で待つよう指示されたにもかかわらず、一人で居室を離れようとして転倒し骨折負傷した事案。

 

  • 当事者

入所者 大正3年生まれ

ほぼ全盲の状態であり、認知症の症状も見られるが意思疎通は可能。介助や手すりにより自力歩行でトイレ等に行くこともできた。

事業所 社会福祉法人の運営する特別養護老人ホーム

 

 

  • 事故に至る経緯
    • 入所者は平成9年5月に当該特別養護老人ホームに入所した。

入所者は視覚障害がありほぼ全盲の状態であった。認知症の症状もあったが、介護者との意思疎通はできており、介助ないし壁に取り付けられている手すり伝いの自力歩行でトイレや食堂等に行っていた。

また、職員は,入所者が時々徘徊することがあったため,昼間は目が行き届くように,入所者を看護職員の詰所前の廊下の長椅子に座らせ,入所者が立ち上がるような姿勢を示すと駆け寄って声をかけたりなどして徘徊及び転倒防止に努めていた。

  • 当該老人ホームでは、風邪にかかるなどの要注意入所者については食堂ではなく、居室で食事をとることになっていた。本件の入所者も風邪をひいたときなどは居室内で食事をとっていたが、その際に職員から配膳の待ち時間において居室を離れ食堂に行かないように指示を受けていたが、その指示に反し居室を離れたことはなかった。
  • 平成14年12月13日、入所者は風邪気味であったことから食堂ではなく居室で食事をとることになった。午前7時30分頃A職員は朝食の準備のため入所者の居室のベッドに行き、食事の準備をし、入所者を椅子に座らせた。そして食事を持ってくるまで座って待つように指示し、他の要注意入所者の食事準備のため入所者の居室を離れた。
  • 午前7時55分頃、B看護師が、入所者が食堂付近(居室からは20メートルほど離れている)で両膝を抱えて座り込み、独り言を言いながら手遊びをしているのを発見した。そして近くにいるC職員を呼び食堂のテーブルに入所者を座らせ、C職員の一部介助のもと、入所者は食事を行い、居室に戻った。
  • 居室に戻った入所者が食堂前で座り込んでいたとの報告を受けたD看護師は入所者を観察したところ、異常が認められたことから、医師に連絡し診察を受けたところ、左大腿部の骨折が判明した。
  • 入所者は手術後、肺炎を発症し死亡した。

 

  • 裁判所の判断

ア 予見可能性及び結果回避可能性について

①②の事故前の事情からすると、

「確かに,入所者は,高齢でほぼ全盲ながら自力歩行が可能であり,徘徊の性癖があったものである。しかしながら,入所者は,介護者との意思疎通は可能であり,前日までの食事の際には,介護職員の指示に従わないで居室を離れたことはなく,本件事故当日の朝食の際にも,介護職員の指示に従わないような様子は窺えなかったのであるから,入所者が上記指示に従わずに居室を離れ,本件事故が発生する具体的なおそれがあったということはできないのであって,介護職員を含め被控訴人老人ホームの職員が本件事故の発生を予見することが可能であったということはできない」として予見可能性を否定しました。

イ 行動制限について

また、裁判所は上記のとおり予見可能性を否定するにとどまらず、入所者の行動制限についても以下のように指摘しています。

介護保険法に基づき,介護のあり方につき定められた指定介護老人福祉施設の人員,設備及び運営に関する基準(乙11)では,『入所者等の生命又は身体を保護するため,緊急やむを得ない場合を除き,身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為を行ってはならない(12条4項)』とされていること等の諸事情も合わせ考慮すると,被控訴人老人ホームの職員に注意義務違反があったとまでいうことはできない。」

すなわち、転倒事故防止の名のもとに入所者の行動をがんじがらめに制限してしまうことは、介護保険法の趣旨に反することから、そのような方法を取ることは適切ではなく、入所者のQOL(生活の質)も考慮要素の一つになりうることを示しているのではないでしょうか。

 

裁判例からみる取るべき対応

本件では事業所に2200万円の賠償が請求されていました。

この裁判例は、事業所の責任が認められた平成24年7月11日京都地方裁判所判決と異なり、入所から長年にわたり職員との意思疎通ができていたこと、転倒の危険性が高度な状態ではなかったこと、が事業所の責任を否定する要因として挙げられるでしょう。

このような場合にまで責任を認めると、事業所は一般的に転倒の恐れのある入所者に対し常時見守りが必要となってしまいます。老人ホームに入所する高齢者であれば大半の方が一般的には転倒の恐れがあるといえますので、老人ホームが立ち行かなくなってしまいます。

但し、入所当初は転倒リスクが高くなかった場合でも、認知症やその他の症状により転倒のリスクが高まりつつある利用者については、そのリスクに応じた対応が必要なことは言うまでもありません。

その際に、本裁判例の「身体拘束その他入所者の行動を制限する行動を制限する行為を行ってはならない」との視点は重要です。入所者のQOL向上のための介護と介護事故は表裏一体の関係でもあり、難しいところですが、必要以上に介護事故を恐れ、過剰な行動制限を行うことは利用者にとっても不幸なことです。

介護事故の予防に努めることは大前提ですが、そのうえで利用者のQOLを高めることができるかが、これから選ばれる福祉サービスの一つの指針になるのかもしれません。

 

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徳田 聖也

徳田 聖也

德田聖也 京都府出身・立命館大学法科大学院修了。弁護士登録以来、相続、労務、倒産処理、企業間交渉など個人・企業に関する幅広い案件を経験。「真の解決」のためには、困難な事案であっても「法的には無理です。」とあきらめてしまうのではなく、何か方法はないか最後まで尽力する姿勢を貫く。
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