転倒事故編【介護事故の類型別対応策(裁判例を基に)】
介護事故は、事故類型ごとに分類することが可能であり、介護事故全般に共通する対策の他に類型ごとに取るべき対策があります。
本稿では転倒事故について、実際の裁判例を基に事業所として取るべき対策について検討します。
Contents
予見可能性と結果回避可能性
介護事故において、事業所が負うべき法的責任には不法行為責任と契約上の安全配慮義務違反がありますが、いずれにおいても責任の有無を判断するにあたっては、その介護事故が発生すること(危険)を予見することができたか(「予見可能性」)と、何らかの措置を講ずれば介護事故の結果を回避することができたか(「結果回避可能性」)が検討されます。この予見可能性と結果回避可能性が認められた場合に、事業者は介護事故について賠償責任を負うことになります。
以下の裁判例でも予見可能性と結果回避可能性について争点になっています。
平成24年7月11日京都地方裁判所判決
- 事案の概要
社会福祉法人の運営するショートステイに入所していた高齢者が、深夜居室内で 転倒し、頭部を負傷したことが原因により死亡した事案。
- 当事者
入所者 昭和2年生まれ
脳梗塞を発症し左上下肢麻痺残存。要介護2
両足にⅡないしⅢ度の熱傷あり
事業所 昭和55年設立の社会福祉法人
ショートステイの他、通所介護、訪問介護、介護老人福祉施設を開設。
ショートステイは特養(利用者50名)併設であり、両施設で介護職員常勤23名、非常勤2名、看護職員常勤3名、非常勤4名体制。
- 事故に至る経緯
- 入所者は平成20年6月に脳梗塞を発症し左上下肢麻痺が残り要介護2の認定を受けていた
- 認知症の症状も現れており同年10月にケアマネジャーが作成したケアプランでは日常生活自立度についてⅡa「日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる」であった。
なお、ケアマネジャー作成のフェースシートには「他の病院に入院中移動時のふらつきが強いため看護師を呼ぶように指示されているが呼ばない。」「ベッドから立ち上がるときは看護師を呼ぶように指示されているが呼ばずに立ち上がり転倒する」などと記載されていた。
- 同年11月11日にショートステイ介護サービス契約を締結し、以後利用していた
- 入所者は12月18日自宅風呂場で両足に熱傷を負い、歩行が困難になる。事業所は入所者が立ち上がったり歩行する意欲も能力もないと判断し、転倒リスクへの対応は考えなかった。
- しかし、入所者は熱傷が回復するにつれ、徐々に歩行することが可能となっていた。そして、平成21年1月以降、入所者がベッド柵を持って立ち上がっている姿や独歩で車いすを押している姿や杖歩行している姿、また自らトイレする姿などが職員に度々目撃されており、事業所入所者職員のケース記録に記録されていた。
- 同年2月28日3時ころナースコールを受けて職員が入所者の居室に向かったところ、ベッド脇で入所者が転倒していた(1回目の転倒)。入所者の説明では起床しようとして自ら立ち上がろうとしたところ、バランスを崩し転倒したとのことであった。
- 事業所は上記転倒をうけ、入所者の歩行能力が回復しつつあることを認識し、単独での立ち上がり防止のためナースコールを必ず押す旨を入所者につたえ、居室内にその旨を掲示した。
- 同年3月15日午前0時ころ、巡視中の職員が居室内で転倒している入所者を発見。救急搬送を行うもののその後転倒により頭部を強打したことが原因で死亡。状況からナースコールを押さずに自らトイレのために立ちあがり転倒したものと考えられる。
なお、転倒時の巡回については職員2名が1時間に一度行っていた。
- 事業所の主張
◎転倒する予見可能性はなかった
・入所者は杖の支えがあれば数歩に限って歩行することは可能だったが杖の支え なく独歩することはできなかった。
・認知症の影響はあったものの、トイレを行うにあたってナースコールを利用するなど基本的に職員の指示も理解していた
・このような状況で、深夜にナースコールを使わずにトイレのために杖も使用せず独歩で歩きだし転倒することは予見できない
◎結果回避可能性はなかった(取りうるべき対策は講じていた)
・深夜見回りは2名体制で1時間に1回行っておりこれ以上の対策はとりえない
・ナースコールは設置しており、(原告の主張するような)離床センサーの設置義務は認められない。個別の利用者にそのようなものを導入することは不可能である。
・(原告が主張するような)転倒衝撃軽減のためのクッションマットを敷くことは却って転倒のリスクを高めることから不適当である。
- 裁判所の判断
◎予見可能性について
事故に至る経緯の②より、入所者がナースコールを利用せずに独歩しようとする ことは予見できた。また、⑤⑥⑦により事業所は入所者が立位の状態から支えなく踏み出し多少前進する能力を備えていることを認識し、また入所者がトイレのため単独歩行を試みることがあることを認識していた。
以上より、入所者がトイレのためナースコールを押さずに居室のベッドから単独で歩みだすことについて予見可能性があり、具体的な危険となっていたものである。
◎結果回避可能性について
入所者の転倒は具体的な危険となっていたことから、1時間に1回の巡回およびナースコールの設置のみでは足りず、離床センサーの設置および転倒時に備え、クッションマットを設置することにより、入所者の転倒に備えるべきであった。なお、転倒のクッションによる転倒のリスクについては薄型のマットを利用することが考えられる。
よって、離床センサーの設置及びクッションマットの設置を怠った事業所に責任が認められる。
裁判例からみる取るべき対応
本件では事業所に3400万円の賠償が認められています。
この裁判例からわかることは、
転倒の可能性が具体的に把握可能な利用者については、福祉用具の活用や見回り人員の確保、転倒時に備えた衝撃軽減対策など事業所として十分すぎる対策が求められているということです。
本件では、事業所も深夜巡回については2名の人員体制で1時間に1度行っており、かつナースコールの設置についても室内に掲示を行うなど、一程度の回避措置は講じていたと見ることも可能です。
しかし、利用者のこれまでの状況からすると(ナースコールを無視する、歩行困難にもかかわらず何度も独歩しようとしている②⑤⑥)深夜にもトイレのために自ら歩きだし転倒する可能性は極めて高くより具体的な対応が必要であったと判断されています。
この裁判例からは、各利用者の記録から危険性が具体的に高まっている場合(本件であれば、歩行が不安定なのにもかかわらず、トイレのために一人で歩きだす危険性があるということ)はその危険を防止するために、一般的な防止策にとどまらず、当該利用者の個別具体的な事情に合わせた対策を検討し、必要であれば福祉用具の設置なども含めた具体的な方策が必要であるということがわかります。
転倒事故は本件のような施設内移動時による独歩の場合以外に、職員が介助している際の転倒、車いすからの移動時の転倒、車いすの転倒、入浴時の転倒など様々な態様があります。そして、その原因も突発的でやむをえないものであったのか、介助者の不注意、人員体制の不備、施設の不備なのかなど様々な原因があります。
これらについて、個別の利用者ついてどのような場面で転倒リスクがあるのか、特に注意すべき利用者及び転倒の場面が具体的に想定できる場合は、職員全体で情報を共有し、個別具体的に対策を講じなければいけません。
そのためには事故対策マニュアルの作成、ヒヤリハット報告、ケアプランや介護計画書・介護日誌に記載された情報の共有の仕組みの構築が欠かせません。特にマニュアルの作成及びヒヤリハット報告の作成のみで終わるのではなく、その情報を共有し対策を検討し、実践することが不可欠です。
グロース法律事務所がお手伝いできること
グロース法律事務所では介護事故に関する事故マニュアル・ヒヤリハット報告作成のアドバイス、紛争予防対策、紛争解決を行っており、これらに合わせた顧問プランもご用意しております。
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グロース法律事務所によくご相談をいただく内容
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徳田 聖也
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