転倒事故編2(請求棄却)【介護事故の類型別対応策(裁判例を基に)】

介護事故は、事故類型ごとに分類することが可能であり、介護事故全般に共通する対策の他に類型ごとに取るべき対策があります。

本稿では転落事故について、実際の裁判例を基に事業所として取るべき対策について検討します。同じ転倒事故で事業所の責任が認められた裁判例(転倒事故編【介護事故の類型別対応策(裁判例を基に)】平成24年7月11日京都地方裁判所判決)や責任が否定された裁判例(転倒事故編1平成19年1月25日福岡高等裁判所判決)もご参考ください。

 

 証拠確保の重要性

介護事故において、事業所が負うべき法的責任には不法行為責任と契約上の安全配慮義務違反がありますが、いずれにおいても責任の有無を判断するにあたっては、その介護事故が発生すること(危険)を予見することができたか(「予見可能性」)と、何らかの措置を講ずれば介護事故の結果を回避することができたか(「結果回避可能性」)が検討されます。この予見可能性と結果回避可能性が認められた場合に、事業者は介護事故について賠償責任を負うことになります。

しかし、実際の裁判で重要になるのは、予見可能性・結果回避可能性を基礎づける事実が認定できる証拠の有無です。

以下の裁判例でも予見可能性と結果回避可能性について争点になっていますが、事業所が作成した詳細な記録によって、予見可能性が否定されています。

 

平成28323日東京地方裁判所判決

  • 事案の概要

特定施設入居者生活介護サービス利用契約を締結し、有料老人ホームに入所していた入所者が、施設内で単独で立ち上がろうとした際に転倒し、左大腿部を骨折した事案。

 

  • 当事者

入所者 87歳。入所以前に転倒し11針ほど縫うけがをしたことがある。認知症の症状も見られるが意思疎通は可能

事業所 株式会社の運営する有料老人ホーム。24時間体制で見守りヘルパーステーションが設置され、要介護者2.5人に対し介護にかかわる職員を1人配置している。

 

  • 事故に至る経緯
    • 平成25年ころより要介護1の認定を受け訪問看護を受けていた。

自宅で転倒し顔面を打撲することや2年前には転倒により11針縫うけがをしたこともあった。

当時利用していた通所施設の担当者は歩行について見守り必要との記載があった。

  • 平成26年2月25日、入所者は特定施設入居者生活介護サービス利用契約を締結し、本件有料老人ホームに入所した。

入所の際、家族から①の転倒の事実について申し送りはなかった。入所当日に職員が入所者の様子を観察したが、歩行状態は安定し、小刻みな歩行や傾き歩行はなく、トイレにおいてもズボンの着脱を自ら行っており、その旨の申し送りが行われた。

  • 入所者の生活状況について、

入所者は本件施設において、個室で日常的な起居を自ら行い、食事、排せつ、衣服の着脱等も自立で行っていた。

入所者は、3月13日にはエレベーターの中で椅子に着座中に他の入居者に席を譲るなどし、歩行も安定していた

また、入所者は体操のレクリエーションにも継続的に参加していたほか、同月23日には廊下の歩行を3回以上行い、同月24日には廊下を4往復したが、手すりなどにつかまることなく安定した足取りであった。

その後、入所者は徐々に帰宅願望が強くなり、バッグを持って歩行する姿が見られるようになり、頻繁に本件施設の4階リビング前や他の階に移動するようになり、同年4月11日にはエレベーターと居室の間を何度か往復し、同月20日には小走りで出口やスタッフを探すこともあった。

同月12日には本件施設において避難訓練が行われ、入所者もアナウンスに従い指定場所まで職員による介助なく避難していた。また同月23日には自室から一人で更衣を済ませてリビングに来たりしていた。

  •  入所者の生活状況に関する記録について
    • 入所後の3月作成の医師が作成した在宅医療計画書には屋内での生活はおおむね自立しているが介助なしには外出しない「淳寝たきり」の欄に〇が付されている。4月に作成された同医師の居宅療養管理指導書には介助なしで歩行可能の欄にチェックがあるが、5月の指導書には「転倒に気を付けてください」との記載がある。
    • また、施設入居からおおよそ1か月ごとに居室担当者が入居者本人の様子を観察して、毎月20日頃までに担当ケアマネージャーにアセスメント兼モニタリング実践記録表を提出しており、2月26日に入居後、同年3月19日に第1回目の報告が、同年4月17日に第2回目の報告が、同年5月12日の事故発生後、原告が入院中の同月19日に第3回目の報告がなされた。いずれも日常生活動作能力については、移動、移乗、食事、排泄、上着及び下着の着脱共に「自立」とされ、入浴は一部介助を受けていたが、基本的には「自立」とされていた。当該記録表は詳細に記録されていた。
  •  事故の発生

512日本件施設4階でリビングで食事を終えた入居者はトイレに行こうとしたところ、足を滑らせ転倒した。その際職員は2名いたが、他の入所者を移動させるため入所者から目を離していた。

入所者は救急搬送されたが骨折が判明した。

 

  • 裁判所の判断

予見可能性について

入所者は、本件転倒事故当時87歳であり、自宅で生活していた平成25年6月には転倒して顔面を強打して病院に運ばれたことや、二年ほど前にも自宅で起き上がった際によろけてガラスにぶつかり、11針を縫うけがをしたという出来事があり、本件転倒事故当時、脳血管性認知症と診断されていたが、失禁衣類をしまってしまうことや帰宅願望があるほかは、会話による意思疎通は可能であり、本件施設において、個室で日常的な起居を自ら行い、食事、排せつ、衣服の着脱等も自立で行っており、運動等レクリエーション、食事、排泄のための移動場面においても、一人で歩行していたことが認められる。

また医師作成の居宅療養管理指導書には、平成26年5月に至り、転倒に留意すべき旨の記載がなされているものの、その根拠となる具体的な事実の記載はなく、本件施設職員による観察及びその分析、情報共有の結果によるも、入所者の問題性としては失禁時の対応や帰宅願望への対応が中心であり、歩行能力について格別具体的な問題は観察されず、本件各契約締結後、本件施設において入所者が転倒したことはないほか、入所オリエンテーション時及びその後の連絡や面会の機会において、入所者の家族からは転倒に対する具体的な不安は聞かれていない。

また本件転倒事故が発生したのは、入所者の帰宅願望が高まり、施設内を俳徊していたなどの機会ではなく、昼食後、他の入居者と雑談をして比較的落ち着いて過ごしていた時間帯に、職員が他の介助が必要な利用者を居室に送り届けていた際に、入所者がトイレに移動しようとして発生したというものである。
  以上の事実によれば、職員において本件転倒事故を具体的に予見することは困難であったと認められ、本件転倒事故は被告の安全配慮義務違反によって生じたものとはいえない。

として事業所の入所者の転倒について予見可能がなく、事業者の責任を否定しました。

 

裁判例からみる取るべき対応

裁判所は入所者とは意思疎通が取れていたこと、入所後常に入所者の歩行が安定していたこと、家族から転倒の事実について申し送りがなかったことなどから本件において事業所が転倒を予測することはできず予見可能性がないと判断しました。

しかし、裁判では家族は事業所に対し転倒について申し送りを行ったと主張し、また医師が5月に作成した指導書には「転倒に留意すること」との記載がありました。これらからすると事業所の責任が認められる可能性はありました。

しかし、家族からの申し送りの点について、事業所の記録にそのような記載は一切なかったことを理由として、裁判所は申し送りの事実を認めませんでした。本件で事業所が作成していた介護に関する記録は極めて詳細に作成されており、家族からそのような申し出があれば必ず記載されているはずであり、そのような記載がないということは家族からの申し送りはなかったと認定されたのです。記録を普段から詳細に作っておくことが「申し送りがない」こと証明になったのです。

また、医師の指導書についても、「医師作成の居宅療養管理指導書には、平成26年5月に至り、転倒に留意すべき旨の記載がなされているものの、その根拠となる具体的な事実の記載はなく、本件施設職員による観察及びその分析、情報共有の結果によるも、入所者の問題性としては失禁時の対応や帰宅願望への対応が中心であり、歩行能力について格別具体的な問題は観察されず、本件各契約締結後、本件施設において入所者が転倒したことはないほか、入所オリエンテーション時及びその後の連絡や面会の機会において、入所者の家族からは転倒に対する具体的な不安は聞かれていない。」として、通常時に事業所が作成していた記録を重視し、転倒を予見できなかったと判断しています。

本件では入所者に限らず、事業所全体として介護記録を詳細に取っていたことが、不幸にも偶発的に発生してしまった事故に関する責任を回避する証拠になったといえるでしょう

 

グロース法律事務所がお手伝いできること

グロース法律事務所では介護事故に関する紛争予防対策、紛争解決を行っており、これらに合わせた顧問プランもご用意しております。

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徳田 聖也

徳田 聖也

德田聖也 京都府出身・立命館大学法科大学院修了。弁護士登録以来、相続、労務、倒産処理、企業間交渉など個人・企業に関する幅広い案件を経験。「真の解決」のためには、困難な事案であっても「法的には無理です。」とあきらめてしまうのではなく、何か方法はないか最後まで尽力する姿勢を貫く。

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