介護拒否への対応【介護事故の類型別対応策(裁判例を基に)】
介護事故は、事故類型ごとに分類することが可能であり、介護事故全般に共通する対策の他に類型ごとに取るべき対策があります。
本稿では介護を行うにあたり、利用者から介護拒否があった場合に発生した事故について裁判例を紹介します。
Contents
介護拒否に対する基本的姿勢
介護を行うにあたり、利用者が自身の身体状況等を正確に把握せずに過信し、介護職員に対し介護拒否を行うことがあります。そのような場合でも介護の専門的知識を有する介護職員は、介護を受けない場合の危険性と介護の必要性を意を尽くして説明して説得しなければならず、漫然と介護拒否を受け入れた場合には、介護事故が生じた場合の責任を免れることはできません。
本件では、介護拒否に応じた職員の責任について争われた事案であり、介護拒否があった場合に職員はどのような対処が必要であるのか、また、意思疎通の取れる利用者からの介護拒否に基づく事故が発生した場合に、利用者側の責任(過失相殺)は認められるのかについて触れられています。
平成17年3月22日横浜地方裁判所判決
- 事案の概要
デイサービスを利用していた入所者(歩行時介助または見守りが必要)が、身体障がい者用トイレ利用にあたり、当該トイレまでの歩行については職員が介助を行ったものの、トイレ入り口で以後の介助を拒否し、職員も応じたところトイレ内で転倒し、大腿骨を骨折した。
- 当事者
入所者 大正6年生まれ 要介護2
認知症等の症状はなく、意思疎通は問題ない状態
歩行については何かにつかまらなくては立ち上がることはできず、常時杖を使用し、不安定でいつ転ぶかわからない状態。
通常のトイレ利用については、入り口まで歩行介助が必要であり、排せつに関する介助は不要であった。
事業所 横浜市から委託を受け、介護サービス事業を行っている社会福祉法人
- 事故に至る経緯
- 平成12年ころから利用者は当該事業所のデイサービス利用を開始した。
- 事故直前時において利用者は杖がなければ歩行できず、転倒の可能性は高く、施設内においても常に杖を使用していた。
事業所も利用者の歩行状態が不安定であったことは当然把握しており、転倒防止のために歩行介助または見守りを行っていた。施設内の種々の記録においても当該利用者の歩行介助または見守りが必要であることが記載されていた。
また、主治医の意見書においても転倒に注意すべきことは記載されていた。
- ただし、トイレにおける排せつは自力で可能であり、排せつそのものに関する介助が必要とされることはなかった。よって、通常のトイレ使用においては、トイレまで職員が歩行介助または見守りを行い、利用者は自力でトイレを行っていた(トイレ内での介護は行っていなかった)。
- 平成14年7月に本件転倒事故発生。
利用者は送迎バスを待っている間にトイレに行こうと立ち上がった。利用者が向かったトイレは普段使用しない障がい者用トイレであり、通常のトイレとは異なり、トイレ入り口から便器までの距離が1.8mあり、また横幅も1.6mあるものの、壁に手すりは付けられていなかった。
事業所の職員は、利用者が当該トイレの入り口まで歩行介助を行っていたが、入り口で利用者がトイレの扉を閉め、「大丈夫だから」と言ってそれ以上の歩行介助を拒否した。
当該職員は利用者がトイレから出てきた際に再度歩行介助を行うことで足りると判断し、それ以上の歩行介助を中止した。
- トイレに入った利用者は便器に向かって歩行していたところ、杖が滑って転倒し、右足の付け根を強く床に打ち付け、大腿骨を骨折した。
- 裁判所の判断
ア 介護拒否があった場合の介護義務の有無について
以下のように指摘し、原則として介護の必要性について説明説得することが必 要である旨を示しています。
「確かに,要介護者に対して介護義務を負う者であっても,意思能力に問題のない要介護者が介護拒絶の意思を示した場合,介護義務を免れる事態が考えられないではない。しかし,そのような介護拒絶の意思が示された場合であっても,介護の専門知識を有すべき介護義務者においては,要介護者に対し,介護を受けない場合の危険性とその危険を回避するための介護の必要性とを専門的見地から意を尽くして説明し,介護を受けるよう説得すべきであり,それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したというような場合でなければ,介護義務を免れることにはならないというべきである。」
イ 本件における安全配慮義務違反の有無について
そして本件における事業所の責任について、利用者が以前から歩行が不安定であり歩行介助または見守りが必要であることについて事業所も当然認識していたことを前提に、次のように指摘して賠償責任を認めています。
「本件事故について歩行介護義務違反があったか検討するに,本件施設の介護担当職員は,利用者が本件トイレに向かう際,これに付き添って歩行介護をしたものの,利用者が本件トイレ内に入った際,本件トイレ内に同行することを拒絶されたことから,本件トイレの便器まで同行することを止め,利用者を1人で便器まで歩かせたというのである。しかし,本件トイレは入口から便器まで1.8メートルの距離があり,横幅も1.6メートルと広く,しかも,入口から便器までの壁には手すりがないのであるから,利用者が本件トイレの入口から便器まで杖を使って歩行する場合,転倒する危険があることは十分予想し得るところであり,また,転倒した場合には利用者の年齢や健康状態から大きな結果が生じることも予想し得る。そうであれば,職員としては,利用者が拒絶したからといって直ちに利用者を1人で歩かせるのではなく,利用者を説得して,利用者が便器まで歩くのを介護する義務があったというべきであり,これをすることなく利用者を1人で歩かせたことについては,安全配慮義務違反があったといわざるを得ない。」
ウ 過失相殺について
但し、本件の利用者は意思疎通には問題がなかったことを前提に、本件トイレ利用を選択したのが利用者自身であったこと、トイレ内の歩行介助について自ら断っていることから、転倒による損害発生について利用者自身の責任も認められ、3割の過失相殺がなされました。
裁判例からみる取るべき対応
本判決では、利用者による介護拒否について、介護を行う者は、その専門的知見から介護の必要性について説明・説得することが改めて明らかにされており、漫然と介護拒否に応じた場合は事故発生の責任が免れないことが示されています。
本件では、普段トイレ内では歩行介助を行っていなかったものの、障がい者用トイレという特殊な環境において、当該利用者にとって本当に介助が不要であるのかを検討することの必要性が強調されており、漫然と介護拒否に応じた事業所側に責任が認められています。
介護サービスを提供するにあたり、利用者の意思を尊重することは重要ですが、自らの身体能力を過信しがちな状況において、介護の専門家として慎重に介護の必要性について説明・説得することは必須といえます。この点については、介護サービスを提供する従業員全員に理解していただく必要があります。
なお、本件では利用者の過失割合が認められていますが、真摯な説得を行っていれば過失割合について、利用者の責任がより大きく認められていた可能性はありますし、一方で利用者の認知症が進んでおり意思疎通が困難である場合等は、そもそも過失割合が認められない(利用者に責任が無い)と判断されることもあり得ます。
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徳田 聖也
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