転倒事故編3(請求棄却)【介護事故の類型別対応策(裁判例を基に)】
介護事故は、事故類型ごとに分類することが可能であり、介護事故全般に共通する対策の他に類型ごとに取るべき対策があります。
本稿では転倒事故について、事業所の責任が否定された実際の裁判例を基に事業所として取るべき対策について検討します。同じ転倒事故で事業所の責任が認められた裁判例(転倒事故編【介護事故の類型別対応策(裁判例を基に)】平成24年7月11日京都地方裁判所判決)や責任が否定された裁判例(転倒事故編1平成19年1月25日福岡高等裁判所判決や転倒事故編2平成28年8月23日東京地方裁判所判決)もご参考ください。
Contents
安全配慮義務違反の具体的判断内容
介護事故において、事業所が負うべき法的責任として契約上の安全配慮義務があります。介護事業所が負うべき安全配慮義務とは「介護契約に基づき、要介護認定を受けた高齢者を利用者として施設に収容したうえでの介護を引き受けた者には、利用者の生命、身体等の安全を適切に管理することが期待されると解されるから、介護施設を開設する者は、介護契約の付随義務として、被介護者に対し、その生命及び健康等を危険から保護しようとするよう配慮すべき義務を信義則上負担しているものと解される」とされています。
本稿でご紹介する裁判例ではその安全配慮義務について、どのような事実を前提に判断すべきかを示しました。
平成24年5月30日東京地方裁判所判決
- 事案の概要
ショートステイに入所していた利用者(要介護2、但し要介護3に変更が決定していた。徘徊が繰り返されていたことから離床センサーを設置済み)が、早朝に居室にて転倒しており、頭部打撲による脳挫傷となったもの。
- 当事者
入所者 大正14年生まれ
要介護2であったが、次月より要介護3に変更されることが決まっていた。ショートステイ時には徘徊行動が繰り返されていたことから、ベッドに離床センサーが取り付けられ、夜間もセンサーが反応するたびに職員が対応していた。
事業所 各種介護サービス等を業とする会社であり、介護関連施設を運営している。
職員体制及び設備概要は以下のとおりであり(重要事項証明書に記載)、利用者も当該職員体制を前提に入所契約を締結している。
【職員体制】
管理者 常勤1名 医師 非常勤1名
生活相談員(社会福祉主事) 常勤1名 栄養士 常勤1名
機能訓練指導員(看護師) 常勤1名、非常勤1名
事務職員 常勤1名
介護看護職員(看護師) 常勤1名、非常勤1名
介護職員 常勤6名、非常勤11名
介護福祉士 常勤1名
ホームヘルパー1・2級課程修了者 常勤5名、非常勤10名
【設備の概要】
利用者の定員 21名
居室 4人部屋16室、個室14室
他に、浴室、医務・静養室、食堂・機能訓練室、相談室
- 事故に至る経緯
- 平成21年7月に、利用者は上記職員体制及び設備の概要を前提として、ショートステイ等の介護サービス契約(食事、入浴、介護、機能訓練、生活相談、健康管理等)を締結し、ショートステイの利用を開始した。
- 利用者は入所当初から、個室に在室していたが、徘徊行動を繰り返しており、事業所の職員は見守りを実施し、離床センサーが反応するたびに都度対応していた。
- 夜間は上記職員体制を前提として、少なくとも2時間に一回定期巡回を行っており、当該利用者のベッドには転落防止の柵が設置されていた。
また、当該利用者は個室から多床室に移動予定であったが、当該利用者の歩行状態からすると危険性があると判断し、当該利用者の介護施設専門員に対し、就寝介助時及び起床介助時は他の利用者対応によって見守りをつけることができない時間帯ができてしまい、転倒のリスクが上がってしまうことの報告や、退所についての相談を行っていた。
- 事故当日の就寝後、当該利用者は午後10時ころから午前2時30分ころにかけて、5回にわたり、目を覚まして下着を脱ぎ、離床して徘徊するなどしてセンサーを反応させた。そこで、職員1名又は2名が、センサーが反応する都度、当該利用者の居室に行き、当該利用者を誘導してベッドやソファに臥床させた。その後、職員は、同日午前4時に巡回したところ、当該利用者が下着を脱いで失禁し、衣類交換に抵抗するなどしたが、最終的に職員2名で個室に誘導して臥床させた。次に職員が、同日午前6時ころに巡回したところ、当該利用者は睡眠していた。しかし、午前6時20分ころ、当該利用者のセンサーが反応し、センサー反応から約15秒後、当該利用者の居室から「ドスン」という物音があり、職員は当該利用者がベッド脇に倒れているのを発見した。
- 裁判所の判断
ア 安全配慮義務の内容や義務違反についての判断について
個別の介護事故における、事業所が負うべき安全配慮義務の内容やその違反があるかどうかについて、裁判所は「もっとも、その安全配慮義務の内容やその違反があるかどうかについては、本件介護契約の前提とする被告(事業所)の人的物的体制、原告(利用者)の状態等に照らして現実的に判断すべきである。」として、事業所の置かれた職員体制や設備体制、利用者の状態に照らして現実的な判断が必要としています。
これは、実施の置かれている状況を前提に現実的に当該事故を防ぐことができたか否かを判断すべきとしている点で、ともすれば介護事故が発生してしまえば、介護事業所の責任が認められがちな裁判の傾向とは一線を画すものです。以前の裁判例と比べるとこのような判断基準を採用されることは増えています。
イ 本件における安全配慮義務違反の有無について
そして本件における利用者の転倒に関する事業所の責任については次のとおり否定しました。
「もっとも、事業所は、当該利用者の個室に離床センサーを取り付けて利用者がベッドから動いた場合に対応することができる体制を作り、職員が夜間そのセンサーが反応する都度、部屋を訪問し、利用者を臥床させるなどの対応をしている。また、職員は、夜間、少なくとも2時間おきに定期的に巡回して利用者の動静を把握している。さらに、職員は、利用者の転倒を回避するために、介護支援専門員に対し、本件事故前に退所させることや睡眠剤の処方を相談している。加えて利用者の居室のベッドには、転落を防止するための柵が設置されていたし、職員2名は、本件事故直前のセンサー反応後、事務所にて対応していた別の利用者を座らせた上で利用者の居室に向かっている。このように事業所は、本件施設の職員体制及び設備を前提として、他の利用者への対応も必要な中で、当該利用者の転倒の可能性を踏まえて負傷を防ぐために配慮し、これを防ぐための措置を取ったといえる。」
裁判例からみる取るべき対応
本件では裁判所は個別具体的な状況を前提に、現実的に判断すべきであるとしているものの、そのことのみを理由にして事業所の責任を否定したものではありません。
まず事業所の人的体制や設備について、入所契約時にきちんと示しており、その通りの体制にて介護サービスが行われていたことが重要です。
それに加え、離床センサーの設置、普段からセンサーが反応するたびに職員が対応していたこと、徘徊・転倒の危険性について事業所内で検討されており介護支援専門員に相談していたこと、ベッドに転倒防止の柵を取り付けていたこと、事故直後においても他の利用者対応を行っていたにもかかわらず他の利用者への対応後直ちに居室に向かっているなど、事業所が行いうることを、きめ細やかに行っていたことが事業所に安全配慮義務違反がなかったと判断される理由になったと考えられます。
裁判の傾向として、介護事故の結果がでると有無をいわさず、事業所の責任を認めるという風潮は変化しています。だからこそ、事業所として現実的に対処可能な範囲内での対処を行っているか否かが責任の有無を分けることになり、一層の体制構築及び実践が重要であるといえます。
グロース法律事務所がお手伝いできること
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徳田 聖也
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