介護施設における身体拘束

 

身体拘束の弊害

利用者に対する身体拘束は原則として禁止されています。平成13年に厚生労働省が発表している「身体拘束ゼロへの手引き」において、身体拘束は人権擁護の観点から問題があるばかりでなく、高齢者のQOLを根本から損なう危険性を有していると指摘されています。手引きでは具体的には下記のような弊害があるとされています。

 

①身体的弊害

・本人の関節の拘縮、筋力の低下といった身体機能の低下や圧迫部位のじょく創の発生など

・食欲の低下、心肺機能や感染症への抵抗力の低下など

・無理な立ち上がりによる転倒事故、拘束具による窒息等の大事故の危険性

②精神的弊害

・本人に不安や怒り、屈辱、あきらめといった多大な精神的損害を与え人間としての尊厳を侵す

・認知症の進行をもたらすおそれがある

・家族にも大きな精神的苦痛、後悔、罪悪感を与える

・介護スタッフが自ら行うケアに対して誇りを持てなくなり士気の低下を招く

③社会的弊害

・介護保険施設に対する社会的な不信、偏見を引き起こす

・身体拘束による心身機能の低下によりさらなる医療的処置を生じさせる

 

身体拘束の種類

介護保険指定基準において禁止の対象となっている身体拘束例は以下のとおりです。

①徘徊しないように車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る

②転落しないようにベッドに体幹や四肢をひも等で縛る

③自分で降りられないようにベッドを柵で囲む

④点滴・経管栄養のチューブを抜かないように四肢をひもで縛る

⑤点滴・経管栄養のチューブを抜かないようにまたは皮膚をかきむしらないように手指の機能を制限するミトン型の手袋をつける

⑥車いすやいすからずり落ちたり立ち上がったりしないようにY字型拘束帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける

⑦立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるような椅子を使用する

⑧脱衣やおむつはずしを制限するために介護衣(つなぎ服)を着せる

⑨他人への迷惑行為を防ぐためにベッドなどに体幹や四肢をひもで縛る

⑩行動を落ち着かせるために向精神薬を過剰に服用させる

⑪自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する

 

手引きではこれらの禁止事項の代替ケアとしていくつかのポイントを示しています。例えば②ではベッドの高さを調節し、床マットを敷いて転落の際のけがを防止する、④では管やルートが利用者に見えないようにする、⑥車いすに長時間座らせたままにせずアクティビティを工夫するなどです。

 

身体拘束が許される場合

上述のように身体拘束には様々な弊害があることから原則として禁止されていますが、緊急やむを得ない場合には一時的に認められることはあります。しかし、この「緊急やむを得ない場合」とはきわめて制限的なものと考えるべきであり、安易な身体拘束については、利用者または家族からの損害賠償のリスクがあると考えるべきです。

身体拘束が許容される「緊急やむを得ない場合」の要件は以下の3つであり、これらをすべて満たす必要がありまる。そして要件の解釈についても本当にやむを得ない場合なのかという観点から検討する必要があります。

 

① 切迫性

利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと

② 非代替性

身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと

③ 一時性

身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること(最も短い時間となること)

 

また、上記の3要件を満たし、身体拘束を行った場合には拘束が必要な理由、身体拘束の方法、拘束の時間帯及び時間、心身の状況、拘束開始及び解除の予定について記録することが義務付けられており、これらの義務を果たさない場合は指定取り消しなどの処分もあり得ます。

 

転倒事故時の法的責任について

身体拘束が原則として禁止されているとしても、介護事業所としては、身体拘束を行わないことで発生した転倒事故等が発生した場合の責任について気になるところです。この点、身体拘束は原則として禁止されていることから、身体拘束を行わなかったという点で直ちに転倒事故の責任が生じるわけではないと考えられます。

身体拘束を行わないことで、代替ケアが必要になりますが、当該代替ケアについて転倒防止のための注意義務を尽くしていたか否かということが問題になると思われます。

むしろ、上記の3要件を満たさないにもかかわらず身体拘束を行った場合には利用者やその家族からの損害賠償のリスクや、拘束が常態化していた場合には指定取り消しなどの行政処分のリスクがありますので、可能な限り身体拘束は避けるべきでしょう。

 

 

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徳田 聖也

徳田 聖也

德田聖也 京都府出身・立命館大学法科大学院修了。弁護士登録以来、相続、労務、倒産処理、企業間交渉など個人・企業に関する幅広い案件を経験。「真の解決」のためには、困難な事案であっても「法的には無理です。」とあきらめてしまうのではなく、何か方法はないか最後まで尽力する姿勢を貫く。

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