取締役の解任と損害賠償 ~任期短縮の場合には?~

 

1 はじめに

会社法第339条は、「役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。」とし、そのうえで、「前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。」という規定を設けています。

 

これは、一般に、株主総会による解任の自由の保障と、役員等の任期に対する期待の保護との調和を図る趣旨で定められた責任であるという見解が有力です。

 

相談事例の多くでも、任期途中で取締役を解任等したい場合に、この条文による損害賠償義務の有無、額が問題となっています。

 

2 何が問題か?

条文のとおり、会社法第339条は、あくまで「株主総会の決議によって解任」する場合の規定です。よって、取締役の任期によって退任し、再任されなかった場合は条文では定められていません。

 

ところで、役員の任期は原則、取締役は2年内に、監査役は4年内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までですが、非公開会社(株式の譲渡制限を定めている会社)の場合は10年内まで伸長することができます。役員が1名のみの場合や、同族経営で役員変更を想定していない経営体制の場合、できるだけ選任や登記の手間を減らすために長めの任期にしたいというニーズがあります。

 

しかし、一旦10年という任期を前提に取締役を選任した場合、任期途中で、当該取締役を退任させるには、当該取締役が自ら辞任する場合を除けば、株主総会で解任するか、定款の任期を短縮し、その結果、遡って任期が満了していたと扱い、かつ取締役として再任しないという判断によって取締役を退任させるというほかありません。

 

そこで、問題となるのが、会社法第339条であり、株主総会による解任の場合には、正当な理由がない場合には損害賠償義務は生じるが、任期短縮の場合には、会社法339条の適用がない結果、会社の損害賠償義務は生じないのではという問題です。

 

3 先例となる裁判例

これについては、先例となる有名な2つの地裁裁判例があります。

一つは、東京地裁平成27年6月29日判決(判時2274113頁)で、もう一つは、名古屋地裁令和元年1031日判決(金判158836頁)です。

前者の判例では、「取締役の任期途中において、その任期を短縮する旨の定款変更がなされた場合、その変更後の定款は在任中の取締役に対して当然に適用されると解することが相当であり、その変更後の任期によれば、すでに取締役の任期が満了している者については、上記定款変更の効力発生時において取締役から当然に退任すると解することが相当である。」とし、それが認められる理由として「上記の定款変更は、取締役の解任と同様の効果を発生させるものであるところ、取締役はいつでも株主総会の決議によって解任すること ができるとされており、他方、定款変更によって当然に退任させられた取締役の保護は、解任の場合と同様に、損害賠償によって図れば足りるというべきだからである。」という説示をしています。

取締役の解任は株主総会の普通決議事項ですから、要件の厳しい定款変更による任期短縮を理由とした退任を認めることは大は小を兼ねる、という評価もできます。

 

後者の判例も、「取締役の任期途中において、その任期を短縮する旨の定款変更がなされた場合、その変更後の定款は在任中の取締役に対して当然に適用されると解することが相当であり、その変更後の任期により任期が満了した者については、取締役から退任する。

そして、会社法339条2項は、株主総会の決議によって解任された取締役は、その解任について「正当な理由」がある場合を除き、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる旨定めているところ、取締役の任期途中に任期を短縮する旨の定款変更がなされて本来の 期前に取締役から退任させられ、その後、取締役として再任されることが なかった者について、その趣旨が同様に当てはまるか否かは、なお議論の余地があるものの、本件定款変更による取締役の任期の短縮には、XをY社の取締役から退任させることがその目的に含まれていたということができるから、本件においては、会社法339条⚒項が類推適用されるとする余地もあり、Y社がXを取締役として再任しなかったことについて、「正当な理由」があるか否かについて検討する。」として、結論としては、本件では正当な理由があると認めました。

 

この二つの判例の理論構成は必ずしも同じとは言えませんが、任期短縮に伴って退任させる場合に、会社法3392項の類推適用という形で会社の損賠賠償責任を認める可能性を認めており、この点は実務において概ね一致した結論と考えられます。

 

したがいまして、企業対応としては、任期短縮の場合においても、同様に「正当な理由」の有無について十分な検討と根拠をもって、手続を進める必要があります。

 

4 正当な理由

「正当な理由」は個別事案における、個別解釈に委ねられていますが、あえて要件的に言えば、「株主総会による解任の自由」と「役員の利益」の調和から判断されますので、より具体的にいうと、当該役員に役員としての職務執行を委ねることができないと判断するに足るやむを得ない客観的な事情があるか否かは重視されます。例示すると、法令定款違反行為その他違法不当な業務執行の存在や、職務執行を継続し難い心身の不調、委任の目的に沿わない能力不足などが挙げられます。

 

前掲名古屋地裁の判例は、取締役選任の経緯として一定の生活保障の意味合いがあり、その期間分は任期を徒過した事情や、在任中の営業損失の状況などを認定し、正当な理由を認めて、退任した取締役による損害賠償請求を認めませんでした。

 

5 会社に求められる対応

中小企業においては、任期を10年に伸長している会社も多く認められます。

残任期間分の報酬全額の損害賠償請求が認められるかについても裁判例では判断が分かれるところですが、10年に伸長するメリットデメリットは十分に検討のうえ、制度設計をしていただきたいと思います。

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谷川安德

谷川安德

谷川安德 大阪府出身。立命館大学大学院法学研究科博士前期課程(民事法専攻)修了。契約審査、労務管理、各種取引の法的リスクの審査等予防法務としての企業法務を中心に業務を行う。分野としては、使用者側の労使案件や、ディベロッパー・工務店側の建築事件、下請取引、事業再生・M&A案件等を多く取り扱う。明確な理由をもって経営者の背中を押すアドバイスを行うことを心掛けるとともに、紛争解決にあたっては、感情的な面も含めた紛争の根源を共有すること、そこにたどり着く過程の努力を惜しまないことをモットーとする。

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