不動産賃貸人が注意すべき保証契約の不備 ~個人根保証契約の規律に関する民法の改正について~
第1 はじめに
不動産賃貸の実務では、賃借人の債務不履行に備えて、保証会社や連帯保証人を設定することが一般的です。これによって、賃貸人は、賃借人が家賃を滞納したり、賃借人の資力ではカバーできない損害が生じた場合のリスクを分散させることができます。
しかし、令和2年4月1日に施行された改正民法により、「個人根保証契約」に関する重要なルールが拡大され、個人が保証人となる根保証契約については、書面等によって「極度額」が定められていなければ無効とされることとなりました。これにより、滞納家賃や原状回復費用について保証人に請求をしようとしても、保証契約が無効とされてしまい、債権回収ができない事態が生じ得ます。
本稿では、不動産オーナー・賃貸業者の方々が特に注意すべき法改正の内容、見直すべきポイントについて解説します。
第2 改正の概要
1 個人根保証契約とは
「個人根保証契約」とは、将来発生する不特定多数の債務について包括的に保証する契約のうち、保証人が法人ではなく個人であるものを意味します(民法465条の2第1項)。
不動産賃貸借契約に基づく賃借人の債務に対する保証契約もこれに含まれます。たとえば、家賃の不払いや原状回復義務の不履行など、「賃貸借契約から生じる一切の債務」をまとめて保証する契約が該当します。
2 改正の趣旨・概要
令和2年4月1日施行の改正民法においては、個人根保証契約について、保証人の責任範囲を明確にするため、「極度額」を書面で定めなければ効力が生じないこととされました(民法465条第2項)。極度額とは、保証人が最大で負担する上限額を意味し、保証契約締結時に書面または電磁的記録で明示しなければ、契約は無効となります(同条第3項、446条第2項、第3項)。
保証人の責任範囲を明確にするという改正の趣旨は、例えば、賃貸借契約における保証の場合、賃借人が長期にわたって賃料債務を履行せず、遅延損害金を含めて未履行の債務が多額に上っている場合や、賃借人が故意や過失によって賃貸目的物を損傷して多額の損害賠償を請求される場合など、保証人の予想を超える多額の保証債務の履行を求められる場合を避けるため、保証契約を締結する時点での予測可能性を確保し、根保証の要否及び必要とされる金額的な範囲について慎重な判断を求めるという点にあります。
3 改正民法施行前に締結された賃貸借契約とその保証について
⑴ 適用範囲と民法改正前に締結された契約への影響
このルールは令和2年4月1日以降に締結された保証契約に適用されます。したがって、それ以前に結ばれた保証契約には原則として改正法の適用はなく、極度額の定めがなくても有効となります。
ただし、注意すべきは、賃貸借契約が継続するなかで、保証契約自体が施行日以降に新たに締結・更新された場合です。この場合は改正民法が適用され、極度額の記載がなければ無効となってしまいます。
以下、具体的に見ていきましょう。
ア 賃貸借契約の更新と保証契約の関係
まず、賃貸借契約の更新と保証契約の関係について、判例は、当事者が賃貸借契約とともに保証をしたとき、賃貸借契約に期間の定めがあったとしても、その後、賃貸借契約が更新されれば、更新後の賃貸借契約に基づいて発生する賃料債務等についても保証の効力が及ぶと解するのが当事者の合理的意思に合致すると判示しています(最判平成9年11月13日)。したがって、賃貸借契約が更新された場合、更新後の賃貸借契約から生じる債務についても、原則として保証人は責任を負うと考えられているのです。
イ 改正民法施行日以前に締結された極度額の定めのない保証契約の有効性
前述のとおり、改正民法の下では、極度額の定めがなければ個人根保証契約は効力を有しないこととなりましたので、令和2年4月1日以降に賃貸借契約を締結し、かつ、そこで保証契約を締結する際には、極度額の定めがなければその保証は無効になります。
他方で、改正民法は、原則として施行日以後に締結する契約に適用されますから、令和2年4月1日より以前に契約した既存の保証契約は、施行日以降も極度額を書面等で定めなくとも有効とされます。ただし、施行日より後に保証契約自体を更新した場合は、更新後の保証契約には改正民法が適用され、極度額を書面等で定めない限り保証契約は無効とされます。
この点について判断を示した裁判例として、東京地判令和3年4月23日があります。
事案としては、改正民法施行日前に、賃貸借契約から生ずる債務連帯保証契約を締結したところ、保証契約には「連帯保証債務については、賃貸借契約が合意更新あるいは法定更新された場合も同様とする」旨が定められており、賃貸借期間の満了時に賃貸借契約の更新手続きはとられたが、保証人との関係では何らの手続きもしていなかったというものです。この事案において、保証人は、「保証契約は更新されたが、更新の際に極度額が定められなかったことにより、更新後の連帯保証契約は無効である」と主張しました。
裁判所は、当該連帯保証契約は、本件賃貸借契約の更新に合わせて更新されることもなかったから改正民法の適用がなく、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情も認められないから、保証人において、更新後の本件賃貸借契約から生ずる賃借人の債務についても保証する趣旨で合意がされたものと解するのが相当であるとし、また、このことは、当該賃貸借契約において、連帯保証債務について「本契約が合意更新あるいは法定更新された場合も同様とする。」と定めていることにより裏付けられているとして、極度額を定めていなくとも保証契約は有効であると判示しました。
つまり、施行日前に、賃貸借契約の更新後の債務も保証する趣旨で保証契約が締結されていて、施行日後に賃貸借契約のみ更新されている場合には改正前民法が適用され、施行日後に保証契約自体も更新された場合は、改正民法が適用されるという事になります。
⑵ 二つの事例
ここで、次の事例を基に考えてみましょう。
平成28年5月1日、貸主Aと借主Bは、甲建物について月額賃料10万円、期間2年の賃貸借契約を締結した。その際、貸主Aは、借主Bの友人Cと、上記賃貸借契約から生ずる一切の債務を保証する旨の連帯保証契約を締結した。その後、2年ごとにAB間の賃貸借契約は更新されてきたが、令和6年5月からBが家賃を滞納するようになり、総額90万円になった。
貸主Aは、借主Bに資力がないことから、保証人Cに対して90万円の支払いを求めたいと考えている。
⑴ 上記AC間の連帯保証契約には、「Cの連帯保証債務については、AB間の賃貸借契約が合意更新あるいは法定更新された場合も同様とする」旨の条項があり、賃貸借契約の更新時、保証契約について何ら更新の手続きはとられていなかった。
⑵ 2022年5月1日の賃貸借契約の更新時に、AC間で、保証契約についても、以前と同様に「賃貸借契約から生ずる一切の債務を保証する」旨の契約書を取り交わして更新した。
いずれの事案も、民法改正以前に結ばれた保証契約であるところ、⑴については、上記裁判例の考え方に従うと、改正法の適用はなく、極度額の定めがなくても保証契約が有効とされます。したがって、Aは、Cに対して保証債務の履行として90万円を支払うよう請求することができます。
他方で、⑵については、改正民法施行後に保証契約自体が更新されていますから、改正法が適用され、極度額の定めのない個人根保証契約として無効とされます。したがって、⑵においては、Aは、Cに対して請求することができないという結論になります。
4 極度額はいくらに設定すべきか
法律上、極度額の金額について具体的な規定はありませんが、保証人の予測可能性の確保という法改正の趣旨から、合理的な水準で設定しなければならないことは言うまでもありません。例えば「100億円」などと言った金額を設定しても、実質的には無制限の範囲を保証させるものですから、極度額の定めとして認められないか、公序良俗に反し無効とされることとなります。
1つの基準として、国土交通省住宅局が、極度額の設定に資するように裁判例を調査した参考資料を公開しています(極度額に関する参考資料、国土交通省住宅局、平成30年3月30日、住宅:『賃貸住宅標準契約書』について – 国土交通省)。ここでは、裁判所が、民間賃貸住宅における借主の未払い家賃等を連帯保証人の負担として確定した額について、平均で約13.2か月分であったとの調査結果が出ており、これに拠った極度額を設定することが考えられます。
また、極度額としては、「極度額50万円」といった記載が典型ですが、他の記載方法によっても特定されていると認められる場合があります。すなわち、賃貸借契約において、賃料月額8万円、「極度額賃料1年分」と定めるような場合です。この場合は極度額が96万円であると特定できるため、極度額の定めとして認められると考えられます。なお、賃貸借契約が更新されて、月額賃料が10万円に増額されたとしても、個人根保証契約の保証極度額は、保証契約自体を更新しない限り8万円のままとなるとされていますので(一問一答135頁以下)、このような定め方をしている賃貸人の方は、保証契約についても賃貸借契約と同内容での更新を検討するべきでしょう。
第3 おわりに
民法改正により、保証契約において極度額の定めが求められるようになったことは、賃貸人にとって大きな制度変更です。
制度趣旨は、保証人の予測可能性を高め、過大な責任を回避することにありますが、その結果として、賃貸人の債権回収リスクが高まる局面も想定されます。そして、賃貸借契約は継続的・長期的な契約ですから、上記改正民法施行時をまたいで契約しているケースは多く存在します。
したがって、不動産を賃貸する立場にある方々は、今一度、賃貸借契約に付随する保証契約の更新状況はどうなっているかを確認し、また、契約書の内容を精査し、極度額の定めや保証契約の有効性について再確認する必要があります。
ご不明な点や契約見直しのご相談がございましたら、当事務所までお気軽にご相談ください。

山元幸太郎

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