残業代請求における消滅時効期間延長の影響
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民法改正と労働基準法改正
2020年4月施行の民法改正により、従前定められていた短期消滅時効の規定が廃止となり、これに併せて賃金請求権の消滅時効期間を定める労働基準法115条も改正され、消滅時効が従前の2年間から5年間(ただし、当分の間は3年間との猶予期間が設けられています。)に延長されました。
この消滅時効期間が延長された賃金請求権には、時間外・休日及び深夜の割増賃金(労基法37条)も含まれます。すなわち、残業代請求にかかる割増賃金の請求も、消滅時効期間が2年から5年間(当分の間は3年間)に延長され、これにより、今後労働者から使用者に対する残業代請求が増加することが予想されます。
なお、上記にて「当分の間は3年間」と記載しているとおり、現時点における実際の賃金の消滅時効は条文上は5年間と記載されているものの、経過措置として「3年間」とされています。この経過措置については、施行日である2020年4月1日から5年後に施行状況を踏まえて再検討することとされています。
消滅時効とは
時効制度とは、一定の期間の経過により権利の得喪等の法的な効果を生じさせる制度ですが、その中で消滅時効とは「ある権利の不行使などの状態が一定期間継続する場合に、その権利の消滅の効果を生じさせる制度」です。
つまり、とある権利について行使できる時期が来ているにもかかわらず、請求等を行わずに放置していた場合、一定期間を過ぎると時効が完成し、その権利の効果を得ることができなくなってしまうというものです。
現時点における賃金請求権の消滅時効で言えば、給料日が到来しているにもかかわらず、使用者から給与の全部または一部が支払われなかった場合に、労働者が使用者に対し賃金の支払いの請求を行わず3年が経過すると、当該未払賃金を支払ってもらえないことになるということです。
ただし、消滅時効の効果を発生させるためには、時効の効果による利益を受ける者が「時効の援用」を行う必要があります。時効の援用とは、時効の利益を受ける旨の表示を行うことです。つまり、消滅時効期間の経過により自動的に権利が消滅するものではないことに注意が必要です。労働者からは、消滅時効期間の3年が経過していた場合でも、使用者に対し賃金の支払いを求めることは可能であり、使用者が当該賃金請求に対する消滅時効の効果を得るため(支払いを免れるため)には、消滅時効を援用する必要があります。客観的に消滅時効期間が経過しているからといって時効の援用を行わず、無視をすると消滅時効の効果を得ることができません。
改正後の消滅時効期間の適用
賃金請求権の消滅時効の起算点は、「権利を行使できるとき」であり、すなわち賃金支払い期日(主に給料日)が起算点となり、3年を経過すると消滅時効期間が完成します。
改正後の消滅時効期間が適用されるのは、2020年4月1日以降に支払期日が到来する賃金請求権であり、つまり毎月の給与(残業代も含む)については2020年4月1日以降の給料日にかかるものが対象となります。
消滅時効期間が延長となった賃金請求権の具体例
消滅時効期間が当分の間3年に延長となった賃金請求権の具体例は、労働者の死亡退職の場合における賃金請求権(労基法23条)、賃金の支払(労基法24条)、出産・疾病・災害などの場合の非常時払(労基法25条)、休業手当(労基法26条)、出来高払制の保障給(労基法27条)、時間外・休日及び深夜労働に対する割増賃金(労基法37条)、年次有給休暇中の賃金請求権(労基法39条9項)です。
なお、有給休暇の取得自体の請求権は消滅時効期間が2年と規定されていますので、区別が必要です。
付加金について
賃金請求権の他、付加金についても同じ法改正により消滅時効が2年から3年に延長されました(条文上は5年間で当面の間3年とされているのも同様です)。
付加金とは、使用者が労働者に対する解雇予告手当、休業手当、時間外・休日・深夜労働の割増賃金、有給休暇に対する賃金を支払わなかった場合に、労働者の請求によって、裁判所が未払い金と同額の支払いを命じることができるものです(労基法114条)。
付加金についても、消滅時効が3年に延長されたということは、過去3年間にわたり残業代の未払がある場合に、当該未払金額の倍の支払いが命じられる可能性があるということになります。
よって、残業代の未払が発生している場合、今回の改正による消滅時効の延長は、使用者にとって経済的ダメージが大きくなる改正となります。
消滅時効期間改正による影響
賃金請求権の消滅時効期間が延長された背景には、従前の消滅時効期間2年では現実的に労働者が未払残業代を請求することができない状況にあると言われていたことや、消滅時効期間を延長することで使用者の労務管理について改善を促す効果があることが理由の一つとされています。
労働者にとって、在職中に未払残業代を請求することは事実上ハードルが高く、主に退職後に未払残業代の請求が行われることが多いですが、労働者は退職後は次の会社への就職や新しい環境への適応などに追われることもあり、労働者が請求しないまま2年間の消滅時効が完成していることも多くあったといわれています。
これが最長3年間となることにより、新しい環境への適用も落ち着いた段階で、改めて未払残業代の請求を行うことを検討する労働者が増加することが予想されます。
また、2年間から3年間に伸長されたことにより、使用者への未払残業代の請求額も大きくなり、これまで弁護士費用などの費用対効果の観点から請求を諦めていた労働者も今後は請求を行うことも増えると思われます。
このように、未払残業代の請求については請求額及び件数が増加することが予想され、使用者にとって放置することのできないリスクとなりますので、より労働時間管理を始めとした残業代請求対策が重要となります。
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徳田 聖也
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