残業代請求に対する使用者側の反論のポイント② ~残業代請求事件で使用者側がなし得る反論と必要な証拠~

残業代請求に対する使用者側の反論のポイント① ~残業代請求の動向予測と労働時間法制の全体像~を踏まえ、実際の紛争の場面において、使用者側がなし得る反論や必要な証拠について整理し、解説致します。

 

1 労働者側がまず主張すべき内容(請求原因)

残業代請求事件においては、残業代を請求する労働者側において、まず以下の内容を主張立証しなければなりません。

 

①労働契約の締結

②時間外労働に関する賃金支払いの合意

③基礎賃金

④時間外労働の実施

⑤遅延損害金率を基礎付ける事実(法定利率を超える約定主張、退職後)

⑥賃金支払日の到来

⑦付加金(訴訟の場合)

 

また、個別具体的な話としては、例えば、④については、所定労働時間を超えて時間外労働を実施したことの主張立証が必要であり、各労働日ごとに、実際の始業時刻、実際の就業時刻、実際の休憩時間を主張・立証(1分単位)しなければならない、というのが裁判上のルールです。

もっとも、各労働日ごとの時刻等は、一応の主張が労働者側からなされれば、使用者側においてそうではないということの反論が求められているのが実際です。

 

2 使用者側の反論その1~労働時間該当性の否認~

(1) 労働時間該当性の否認

労働者の主張する労働時間が、労働時間に当たらないという主張での反論が労働時間該当性の否認、の意味合いです。

相談事例でも、過去の実例でも多く見られた事例は、以下のような事例です。

 

Q:業務に付随する活動(作業の準備、後始末、朝礼、たいそう、作業服等の着脱等)

Q:不活動時間(仮眠時間等)

Q:企業外での研修や運動会への参加、持ち帰り残業

Q:無許可残業    等々

 

これらに関する諸判例を分析した場合、判断のポイントとなるのは、使用者側からの義務があったか、どの程度の義務レベルのものであったと評価できるかがポイントとなります。例えば、企業外研修についても、それが人事考課に影響することや労働者のほとんどが履修している内容の研修であれば、義務付けられた研修として、当該研修に要する時間は労働時間と認定される可能性が大きいといえます。

また、残業について、承認制にしていたにもかかわらず承認なしに行われた残業は労働時間として認められるのかという問題も多く接する事例です。これについても、ただ単に承認制にしている、明示の承認がなかったというだけでは使用者側の反論が認められないのが多くの例であり、残業が行われていた場合には業務の中断を命じるなど、残業の承認制、原則禁止がそのとおり運用されているかどうかという実態で判断されています。

 

(2) 労働時間の認定について労働者に有利に判断される傾向の理由

労働時間の認定、特に始業終業時刻の認定については、使用者側が上記のような争いをしたとしても、裁判実務では、比較的労働者に有利に判断される傾向にあると言えます。

これは、労働時間の把握が使用者の法律上の義務とされていることにも関係しています。具体的には、以下の法律が労働者を救済する根拠になっているといえます。

 

労働基準法

(賃金台帳)

108条 使用者は、各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならない。

(記録の保存)

109条 使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を五年間保存しなければならない。

労働安全衛生法(H31.4.1~)

66条の83

事業主は、第66条の81項又は前条第1稿の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者の労働時間の状況を把握しなければならない

 

(3) 労働時間についての具体的な立証手段について

労働時間について使用者側が反論する際、具体的には以下のような手段が証拠となります。

ア タイムカード、ICカード、労働時間管理ソフト

客観的な記録方法による時間管理の場合には、特段の事情がない限り、タイムカード等の打刻どおり推認するのが大勢です。

*なお、使用者には「労働時間を把握する法的義務」があること前提に、「タイムカードの客観的記録と労働の実態との間に乖離が生じている旨を主張する使用者には、高度の反証が要求される」とする判例も(甲府地判H24.10.2)あります。

イ 入退館記録

ICカードなど客観的記録は信用性大。但し、個人の特定が出来ない場合には合わせ技

ウ PCログ

デスクワークする人間が通常PCの起動終了するのは、出退勤時との推認により、PCログが労働時間の認定に用いられることがあります。近時は、テレワーク特有の問題があり、自宅からログインするのは実際に出勤する場合に比べると、早い時刻に行いやすいという問題もあり、特に早出残業との関係では、使用者としても、業務上の必要なく早い時刻にログインがなされているケースなどは、早めにその理由を確認しておくことが重要です。

エ 電子メール、グループウェア

これらも、テレワーク導入に伴い、比較的取り入れやすい始業終業時刻把握手段として用いられています。

オ その他以下のような手段も証拠となります。

() タコグラフ(運転記録計)

速度、走行距離、走行時間が記録されるため、車両走行時間を推認できることとなります。

() 店舗の開店・閉店時間

() 勤務シフト表

() 業務日報

() 労働者作成メモ、使用者側メモ

メモではあるが、提出されれば一応の推認が働いてしまう関係で、使用者側としても、何らか書面が残っている限り、反証として提出しておくことが重要です。

 

3 使用者側の反論その2~各論~

個別の反論の詳細については別稿に委ねますが、概ね全体は以下のとおりです。

(1) 権利が全部又は一部消滅しているとの反論

ア 弁済抗弁~特に固定残業代

要するに、固定残業代として、支払っているので残業代未払はないとの反論です。

固定残業代についての個別の解説は別稿に委ねますが、固定残業代として支払っているとの主張立証をするためには、以下の3点の主張立証が必要です。

 

①固定残業第支払いの合意 or 就業規則上の根拠と周知性

②基本給と割増賃金部分の明確区分とその合意

③支払い事実(想定時間超えた場合にはその分も)

*最判H24.3.8等からの考察

①基本賃金の中で通常の労働時間分の賃金部分と割増賃金の部分とが区別できること

②その割増賃金の部分が、何時間分の時間外労働に該当するのかが明示されていること

③該当する時間分を超える時間外労働には、別途割増賃金を支払うこと

イ 消滅時効

また、消滅時効の援用により、残業代請求が消滅したというのも使用者側がなし得る反論となります。

(2) 適用除外~特に管理監督者

労働者が管理監督者にあたるため、残業代が発生しないとの反論です。

相談事例の多くで、管理監督者の主張を行いたい会社があるのですが、以下のとおり、行政解釈でも裁判実務でも、管理監督者の認定は使用者側にはかなり厳しく認定されているといえます。

ア 行政解釈(S22.9.13発基17号、S63.3.14基発150号)

労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体の立場にある者であって、労働時間、休憩及び休日に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職責と責任を有し、現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にあるかを、職務内容、責任と権限、勤務太陽及び賃金等の待遇を踏まえ、総合的に判断

イ 裁判実務

①その職務や責任からみた労務管理上の使用者との一体性

②その勤務態様として自らの勤務時間を自主的・裁量的に決定していること

③賃金・手当等の面でその地位にふさわしい待遇を受けていること

 

【管理監督者性を判断する要素】

 

管理監督者性を否定する重要な要素

 

管理監督者性を否定する補強要素

職務内容、

責任と権限

採用、解雇、人事考課、労働時間の管理、これらへの責任と権限、関与が実質的にない
 

勤務態様

遅刻、早退等で減給、人事考課での負の評価など不利益な取扱いがされる 人員が不足する場合自らが長時間労働を余儀なくされるなど、実際には労働時間に関する裁量がほとんどない

部下同様の勤務態様が労働時間の大半を占める

 

賃金等の待遇

時間単価換算した賃金額がアルバイト、パート等に満たない。または、最低賃金額に満たない 基本給、役職手当等の優遇措置が十分でない

年間の賃金が一般労働者と比べ同程度以下

管理監督者に該当しないとされた裁判例

1.売上金の管理、アルバイト採用の権限がなく、勤務時間の定めがあり、通常の従業員としての賃金以外の手当てが全く支払われていなかったベーカリー・喫茶部門の店長(大阪地裁判決 平8.9.6 インターパシティック事件)

2.アルバイトの採用、時給額、勤務シフト等の決定を含む労務管理、店舗管理を行い、自己の勤務スケジュールの管理を行っていても、営業時間、商品の種類や価格、仕入れ先については、本社の方針に従っている店長(東京地裁判決 平20.1.28 日本マクドナルド事件)

 管理監督者に該当するとされた裁判例

1.労働時間の自由裁量、採用人事の計画・決定権限が与えられ、役職手当を支給されている人事課長(大阪地裁判決 昭62.3.31 医療法人徳州会事件)

2.出退勤管理がなされていたとしても、基本給以外に管理職に支払われる特別の手当が支払われ、労務管理上の指揮監督権を有し、経営者と一体的立場にあるとみなされたマネジメント・デシジョン・サポート・スタッフおよびマネージャー(東京地裁判決 平9.1.28 バルシングオー事件) 

 

(3) 労働時間算定の特則~事業場外みなし労働時間制~

在宅勤務の実施にあたり、事業場外みなし労働時間制の導入について検討をされる会社もいらっしゃいますが、この制度も比較的厳密に制度設計、実務運用をしなければ、使用者側の反論としての事業場外みなし労働時間制の認定を行ってもらえないケースが生じます。

ところで、労働時間算定の特則の意味ですが、以下の点が特則であり、労働者の労働時間についての主張に対する使用者側の反論になり得ます。

①「所定労働時間」労働したものとみなされ、時間外労働による割増賃金は発生しないが、労働者が当該業務を遂行するために、通常、所定労働時間を超えて労働することが必要である場合には、

② 通常の状態で当該業務を遂行するために客観的に必要とされる時間労働したものとみなされ、使用者は法定労働時間を超過した時間分に応じた割増賃金を支払う義務。

この制度を用いるための要件は、以下の①②です。

①事業場外で業務に従事した場合であること

→「事業場」≠労使協定の締結単位や就業規則の適用単位とは一致しない。

出張など臨時的な事業場外労働の場合にも利用可能。

労働時間の一部についての事業場外でも可。

②労働時間を算定し難いとき

→こちらは判例で認められるケースは極めて少ないといえます。

行政解釈で適用出来ないとされているケースは以下のとおりです。

・何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合

・無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合

・事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けた後、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後、事業場に戻る場合

⇒在宅勤務で適用可能な場合

・当該業務が起居寝食等私生活を営む自宅で行われていること

・当該情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと

・当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと

 

4 まとめ

使用者側の反論については、制度設計自体が正確になされていることが必要であることはもちろん、なによりその制度が正確に適切に運用されているという実態が重要です。

そのためには、実際に問題が起こってからではなく、今の時点から就業規則や運用を見直し、リスク把握しておくことや規程・運用の変更を行っておくことが必要です。

弊所では、業種ごとの適切な制度設計についての相談にも応じていますので、見直しの要否も含めご相談いただければと思います。

 

グロース法律事務所によくご相談をいただく内容

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