賃貸借契約書とは①

ここでは主に賃貸物件のオーナーの方向けの、建物賃貸借契約書についての解説をさせていただきます。

賃貸借契約書は、ある期間物件を貸し、それに対して、賃料を支払ってもらう、ということを本質として結ばれるものです。

この本質的な内容自体は、シンプルなものではありますが、賃貸借契約の場合、特に賃借人を保護するという視点から、借地借家法、消費者契約法といった特別の法律で、賃借人を民法の規定以上に保護する規定が設けられています。

また、契約の解除の場面においても、判例上、賃料の滞納があったからといって直ちに解除できる訳ではない等、賃借人の生活の場を保護するために、法律には書かれていない賃借人保護の解釈が認められています。

このような賃借人保護の視点は、契約トラブルが生じないように、またリスクの把握として、オーナーとしても十分に認識しておく必要があります。また、不合理な状況での契約の継続を求められたり、退去時にトラブルが生じないよう、賃貸借契約締結時に適切な契約書を締結することで回避できる内容もありますので、契約書にどのような工夫をしておけば良いのか、ご相談いただければと思います。

 

建物賃貸借契約書のひな形については、国土交通省が賃貸住宅標準契約書(改訂版)をホームページにアップしています(リンク先はこちら)。

本稿では、上記標準契約書を引用し、適宜解説用に修正しつつ、また、適宜標準契約書に記載のない条文案を加筆しながら、解説を加えていきたいと思います。

 

賃貸借契約書の一般的な記載事項

以下、賃貸人を「甲」賃借人を「乙」として、表記いたします。

① 目的物

物件所在地・物件名称・住戸部分の特定・附帯設備(駐輪場等)

② 賃貸借期間

③ 賃料等

賃料、共益費、支払期限、支払方法

附帯設備の使用料がある場合には、使用料

 

 

 

 

 

 

 

 

 

賃貸借契約は、ある目的物を(①)、一定の期間(②)、対価をもらって(③)、他人に貸すことを内容とする契約です。

そのため、①②③については、必ず契約書に明記しておく必要があります。

また、賃貸借契約の場合には、次のように敷金に関する規定を設けることが通常です。

1 乙は、本契約から生じる債務の担保として、頭書に記載する敷金を甲に預け入れるものとする。

2 乙は、本物件を明け渡すまでの間、敷金をもって賃料、共益費その他の債務と相殺をすることができない。

3 甲は、本物件の明渡しがあったときは、遅滞なく、敷金の全額を無利息で乙に返還しなければならない。ただし、甲は、本物件の明渡し時に、賃料の滞納、第○条に規定する原状回復に要する費用の未払いその他の本契約から生じる乙の債務の不履行が存在する場合には、当該債務の額を敷金から差し引くことができる。

 

敷金に関する約束は、厳密には、賃貸借契約とは別の敷金に関する特別の契約ですが、賃貸借契約に付随する契約として、例えば、オーナーが変わる場合には、敷金も原則としてそのまま新オーナーに引き継がれます。

敷金について、特に問題となるのは、原状回復の際に、どの項目のどの程度の費用を控除出来るか、あるいは不足を請求出来るかということですが、この点は特に争いが多い内容ですので、項を改めて解説いたします。

1 乙は、当月分の賃料を、前月末日までに、甲の指定する口座宛振り込む方法で支払わなければならない。振込手数料は乙の負担とする。

2 1か月に満たない期間の賃料は、1か月を30日として日割計算した額とする。

3 甲及び乙は、次の各号の一に該当する場合には、協議の上、賃料を改定することができる。

① 土地又は建物に対する租税その他の負担の増減により賃料が不相当となった場合

② 土地又は建物の価格の上昇又は低下その他の経済事情の変動により賃料が不相当となった場合

③ 近傍同種の建物の賃料に比較して賃料が不相当となった場合

 

賃料に関する取り決めとしては、上記契約では当月分を前月末日までに支払うこととしています。このような前払いの契約書は一般的かと思いますが、実は民法は、建物賃貸借について、後払い(当月分を当月末)を原則としています。したがって、前払いを定める規定は特別の約束事であり、もしこの約束をしなかったら、民法の原則どおり、後払いになることに注意しなければなりません。

 

また、賃料は、契約年数が長くなればなるほど、契約当時の賃料が相場とかけ離れてくることがあります。具体的には、上記①から③に示したような事情で、賃料が不相当となってきます。

ただ、注意が必要なことは、①から③のような事情が生じたからといって、賃料の値上げがすぐに認められるという訳ではないということです。

 

借地借家法322項は、「建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年1割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない」と定めています。

 

したがいまして、賃借人が増額に応じてくれない場合には、まずは調停手続(「裁判」とありますが、訴訟の前に調停を行う必要があります)において、和解解決を試みることとなります。特に争われた場合、賃料は、「新規賃料」と「継続賃料」と異なることに注意が必要です。例えば、新しく貸す人とは月額10万円で契約したからといって、現在7万円の賃料を10万円に増額出来るとは限りませんし、大抵の場合、新規賃料と同一相場まで増額することは無理と言っても過言ではありません。

 

また、一度増額が認められた場合には、翌年もまた、ということも認められにくいのが実際です。

賃料の増額にあたっては、的確な時期に的確な額の増額を行っていく必要があります。

1 乙は、甲の書面による承諾を得ることなく、本物件の全部又は一部につき、賃借権を譲渡し、又は転貸してはならない。

2 乙は、甲の書面による承諾を得ることなく、本物件の増築、改築、移転、改造若しくは模様替又は本物件の敷地内における工作物の設置を行ってはならない。

 

上記条項は、第1項が、賃借権の無断譲渡、無断転貸を禁止する条文であり、第2項が、無断の増改築を禁止する条文です。

また、これらの規定は、単に禁止するだけではなく、

乙が、第○条の規定に違反した場合には、甲は本契約を解除することができる。

 

 

 

 

といった形で、契約の解除と結び付けられているものです。

 

民法上も、第612条において、

1 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。

2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる

 

とされていますので、無断の譲渡、無断転貸借は、契約解除の理由となっているのですが、上記契約書の条文案では、「書面による承諾」とありますので、この点で民法よりも手続き的な面で賃貸人に有利に規定されているといえます。

 

しかし、このような無断転貸や、無断譲渡、そして、無断増改築などはオーナーにとって大変迷惑な行為であることは間違いありませんが、賃貸借契約においては、継続的な信頼関係に基づく契約であるという点や賃借人保護の要請などもあり、これら無断譲渡等があったからといって、裁判では直ちには解除を認めてくれません。

 

したがって、契約書にいくら明確な規定があるからといって、この点は条文どおりの対応が出来ないことを念頭におく必要があります。このような事例で、解除に向けてどのような手順や証拠を保全しておくべきか等々は、お早めにご相談ください。

 

また、オーナーにとって重要な賃借人による賃料の支払いについても、

乙が、賃料の支払いを1ヶ月でも遅滞し、甲の相当期間を定めてなした催告に拘わらず、その支払いを行わないときは、契約の解除をすることができる。

といった規定を設けていることが通常です。

ここでも、賃料の支払いについて、「1ヶ月でも遅滞した場合には」と書いているからといって、実際の裁判では、1ヶ月の遅滞だけで契約の解除まで認めてくれることは稀です。

通常は、滞納の繰り返しで、滞納額が常時3ヶ月以上になっているといった事情までなければ、裁判で争われた場合には契約解除を認めてくれないのが実際です。

 

こういったケースでは、空き家になるよりはまし、あるいは義理人情で滞納の積み重ねを許容しているオーナーが多いのですが、いざ解除しようと思っても、裁判になった場合には、数ヶ月かかりますし、多額の賃料の支払いを命じる判決をもらったところで、一括して払ってくれなかったり、結局相手に財産がなく、取りっぱぐれになったり、ということも良くあるケースです。

賃料滞納のケースについても、今後解除を行うかもしれない、ということも見据えて、最初の段階から適切な証拠を残しておく必要もありますので、早めの段階からのご相談をおすすめしています。

 

原状回復に関する条項については、「その②」において解説いたします。

 

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徳田 聖也

徳田 聖也

德田聖也 京都府出身・立命館大学法科大学院修了。弁護士登録以来、相続、労務、倒産処理、企業間交渉など個人・企業に関する幅広い案件を経験。「真の解決」のためには、困難な事案であっても「法的には無理です。」とあきらめてしまうのではなく、何か方法はないか最後まで尽力する姿勢を貫く。

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