能力不足社員の解雇の有効・無効の判断の分かれ目について弁護士が解説

 

1 はじめに~紛争が生じる理由

能力不足社員に対する解雇は、その有効性をめぐって紛争になりやすい例の一つです。

紛争になりやすい理由には、次のような点を挙げることができます。

① そもそも会社側が、どのような能力を求めて労働契約を結んだのか、証明できない。

② ①と関連して、どのような能力が不足しているかが証明できない。そのため、会社に生じる不利益も具体的に証明できていない。

③ 能力が不足しているとしても、具体的な指導をしていない、あるいは改善の機会を与えていない。

④ 解雇以外の手段を検討、実践していない。

⑤ 解雇の手続に不備がある。

といった点です。

 

①から⑤のそれぞれにおいて、平素からの労務管理上の体制整備が必要です。

本稿では、近時の裁判例も参考にしながら、能力不足社員対応のうち、特に普通解雇に焦点を当てて、解説致します。

 

2 「能力不足」の証明

会社が求める能力は、実際の裁判の場ではもちろん、例えば業務指導の場面、懲戒処分の場面、解雇の場面(解雇理由)で、「言語化」が必要です。この言語化が出来ないケースが多く見られます。また、出来ないケースの多くは、後付けの説明になっているケースです。

後付けにならないためにも、以下のような対応が必要です。

(1) 入社時(新卒、中途採用)

雇用契約書には、抽象的な業務内容の記載ではなく、従事する具体的業務内容、それについて求める内容を書くことが重要です。

 

雇用契約書の本文でなくとも、定型的な内容は本文にしつつ、個別の内容は別紙で作成するという方法もあります。

 

採用段階でここまで出来ないという反応も見ることがありますが、業務指導の場面では、いずれにしても言語化が必要です。その点で、採用段階では、多少は抽象化せざるを得ませんが、ある程度同じ作業を前倒しで行う内容になります。

 

また、このような雇用契約書の締結は、中途採用、特に高度専門職のような特定の技能・能力を期待して雇用する場合にはさらに重要になります。裁判例の傾向でも、特定の技能・能力を前提に雇用した場合は、新卒の場合と比べて、能力不足社員に対する解雇の有効性を認める傾向にありますが、そのような事例においても、会社側は採用時にどのような技能・能力を期待し、約束していたかということについて証明が成功しています。そのためにも、雇用契約書への記載は極めて重要です。

 

他にも、履歴書の記載内容、求職段階でのメール等でのやりとりの内容も、採用時に期待した能力の証明になることがあります。

 

(2) 業務指導時

もっとも、雇用契約書だけでは、会社が採用時に求めていた能力が判断できない例は多く見られます。

このような場合でも、業務指導段階において、会社が求める能力と、現状の社員の能力を言語化し、指導、改善を求めることで、能力不足の証明手段とすることは可能です(*書式などは弊所に直接お問合せ下さい)。

能力不足を理由とする解雇の場合、会社にはどのような業務指導を行い、改善の機会を与えたかは必ず問われるといって良い、重視される内容の一つです。

 

3 「能力不足」を理由とする解雇の法的根拠

一般に、普通解雇とは、懲戒解雇や整理解雇(経営上の理由による人員整理)以外の、労働者の勤務成績不良や能力不足、健康上の理由など、労働者側の事情に基づいて行われる解雇を指します。

 

就業規則がない場合でも、民法627条1項本文に基づく解約の申入れとして普通解雇をすることが可能です。

 

但し、解雇が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は、その権利を濫用したものとして、無効となります(労働契約法16条)。

 

具体的な例は以下のとおりです(客観的合理的理由と、社会通念上の相当性は重なり合う部分が多く、厳密な区別は難しく、かつ内容により不要な側面もあります)。

 

(1) 客観的に合理的な理由があること

・労働者の傷病や健康状態により労務提供ができない場合

・能力不足、成績不良、協調性の欠如

・無断欠勤や勤務態度不良などの職務懈怠

・経歴詐称や業務命令違反等の非違行為

・職場秩序を著しく乱す場合、反発的態度    等

 

(2) 社会通念上の相当性

・企業経営や職場環境等に重大な支障が生じていること等、解雇理由が重大な程度に達していること

・過去の懲戒処分歴等

・他に解雇回避の手段がないこと

・反発的態度、改善が期待できない等、労働者側に有利に汲むべき事情が(ほとんど)ないこと   等

です。

 

特に、能力不足社員の普通解雇事例で重視される点は、以下のとおりです。

 

・会社が労働者に対して相当な指導・訓練を行い、改善の機会を与えたか。

・配置転換や降格など、雇用継続のための他の手段を尽くしたか。

・能力不足や成績不良の程度が重大で、改善の見込みがないか。

 

もっとも、高度専門職など、特定の職務遂行能力を前提に採用された場合は、一般職よりも能力不足による解雇が認められやすい傾向にあるといえます。

 

配置転換についても、もともとジョブローテーションを前提として採用されていないケースがほとんどであるため、期待された能力が著しく不足している場合、他職種への配転等の解雇回避措置を必ずしも講じなくても解雇の有効性が認められる場合があります。

 

4 能力不足社員の普通解雇の有効性を認めた近時の裁判例

中途採用の例ですが、普通解雇の有効性を認めた裁判例(東京地判令和3年7月8日)では、次のような言い回しで、客観的合理性、社会通念上の相当性を認めています。

 

「原告の能力又は能率が一定程度低い点については、原告がこれを受け止め改善する意思及び姿勢を示していなければ改善の余地がないところ、(中略)原告は被告代表者から原告の業務環境等改善のために業務遂行状況を確認するための協力を求められても真摯な対応をせず、むしろ被告代表者に対しその指示に従わない姿勢を示し、被告で勤務を続けることについても積極的な姿勢を示さなかった」

 

というような事実を認定したうえ、

 

よって「原告と被告の間においておよそ適切なコミュニケーションを図ることが困難な状況であったといえ、そうである以上改善可能性がなかったと認められる点を併せ考えると(中略)、本件解雇が客観的合理的理由を欠くものであるとは認められない。」

 

というような認定を行っています。

 

また、社会通念上の相当性については、

 

「このような原告の態度に加え、本件労働契約は被告が原告を即戦力として中途採用したものであることに照らせば、被告が原告に対して何らかの処分等を経ず、比較的短い期間で解雇を選択したことについて、社会通念上不相当であったとはいえない」というような認定を行っています。

 

このように、本稿で概説した内容は、概ね裁判所が判決において解雇の有効性を認める際にいずれも重視される内容となっています。

 

5 最後に

解雇が無効と判断された場合、企業側は解雇処分から現在までの未払賃金を支払う義務が生じます。労働者の基本給が高額である場合、バックペイの総額は相当額に上る可能性があります。特に、解雇無効をめぐる紛争は長期化するケースも多く、その分だけ敗訴による影響は大きなものとなります。

弊所では、採用段階から、業務指導、懲戒処分、解雇判断、解雇の諸手続きという一連の流れにおいてサポートを行っております。

貴社の労務管理において、どのような点に弱点があるかの診断も行っておりますので、遠慮なくお問い合わせいただければと思います。

 

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谷川安德

谷川安德

谷川安德 大阪府出身。立命館大学大学院法学研究科博士前期課程(民事法専攻)修了。契約審査、労務管理、各種取引の法的リスクの審査等予防法務としての企業法務を中心に業務を行う。分野としては、使用者側の労使案件や、ディベロッパー・工務店側の建築事件、下請取引、事業再生・M&A案件等を多く取り扱う。明確な理由をもって経営者の背中を押すアドバイスを行うことを心掛けるとともに、紛争解決にあたっては、感情的な面も含めた紛争の根源を共有すること、そこにたどり着く過程の努力を惜しまないことをモットーとする。

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