内定者に関する諸問題について

 

1 内定とは

採用内定は、法的には採用内定者と使用者との間で始期付解約留保付労働契約が成立するとされています。始期付きとは契約期間の開始を「労働の開始日」と定め、解約留保付きとは労働契約を解約する権利が使用者側に留保されていることを指します。ここで重要なことは、労働契約は内定の時点で「成立している」ということです。

従って、採用内定取消は一度成立した労働契約を解約することになりますので、いわゆる解雇権濫用法理に準じて「採用内定当時知ることができず、また知ることを期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが、当該解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合」に限定されるとされています。

 

また、内定者に対し経営状態の悪化を理由として内定を取り消す場合には、「整理解雇」に準じて、「人員削減の必要性」「内定取消回避努力」「被解雇者選定の合理性」「手続きの妥当性」を考慮して客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるといえる場合でなければなりません。これらについて使用者側で説明できる資料が客観的に残され、かつ内定取消にあたりきちんと説明を行っていることが求められます。

内定の法的性質や内定取消に関する解説については、別稿「内定をめぐるトラブルを避けるために」をご覧ください。

 

なお、内定に先立ちいわゆる「内々定」を通知する場合がありますが、内々定の段階は、後に正式な内定通知がなされることを前提としていますので、内定とは異なり、その時点では労働契約が成立したとはいえません。従って、使用者は自由に内々定を取り消すこともできますが、内々定取消しにつき合理的な理由がない場合や、その理由を十分に説明しない場合等には信義則に反し、内々定者の期待利益を侵害する不法行為であるとして、損害賠償義務が課されることがありますので注意が必要です。

 

2 入社前の内定者に対し会社の研修等に参加を義務付けることができるか

参加の義務付けについて

内定者に対し、入社前にオリエンテーションや研修等(以下「研修等」といいます。)の参加を求めることがありますが、内定者が研修等の参加について消極的であった場合に、参加を義務付けることは可能でしょうか。

上記のとおり、内定者と使用者の間には内定通知時から労働契約が締結されていますので研修等への参加を義務付けることは可能とも思われますが、「内定」はあくまでも「始期付き」の労働契約であり、定められた労働開始日より以前の時点で労務提供義務を課すことはできず、すなわち、研修等への参加を義務付けることはできません。従って、使用者が採用内定者に対し入社前に研修等の参加を義務付けるためには、内定の他、別途合意が必要となります。

従って、入社前の研修等を義務付けることが想定される場合には、募集要項や採用内定通知において、内定は入社前の研修等への参加を条件とするということを明示するなどして内定者に知らせておくことが必要です。

 

このような入社前の研修等への義務付けについて別途合意がない場合には入社前の研修等への参加を義務付けることはできませんし、また、研修等への不参加を理由として不利益に扱うことも許されません。例えば不参加の内定者のみ給与を下げることや昇進等の考査において不参加の事実を加味することも許されませんし、不参加を理由として内定を取り消すことは許されません。

また、一旦参加に同意した内定者が、学業への支障などといった合理的な理由に基づいて入社日前の研修等への参加を取りやめる旨を申し出たときは、使用者は研修等の参加を免除すべき信義則上の義務を負っていると解されています。

 

なお、別途合意がない場合でも内定者の任意として研修等への参加を呼びかけることは問題ありません。ただし、あくまでも任意であり、参加しないことにより入社後の立場が悪くなることなどを匂わせるなど事実上強制させるようなことは避けなければなりません。

研修等の参加者への賃金支払の必要性について

入社前の研修等が強制参加(事実上参加を強制させる場合も含みます。)である場合、当該研修等は使用者の指揮命令下における労務の提供であり、賃金の支払が必要です。この場合の賃金額については使用者と労働者で別途合意することが可能です。

一方で研修等への参加が完全に自由であり、不参加時に不利益が課されない場合は、使用者の指揮命令下における労務の提供であるとはいえないことから賃金の支払は不要です。

 

3 内定を辞退した内定者に対する損害賠償請求の可否について

損害賠償請求の可否

内定通知を出した時点で使用者と内定者の間に労働契約が成立し、使用者は当該内定者が「労働開始日」から働くことができるよう様々な準備をすることとなります。使用者が準備を始めたにもかかわらず、内定者から内定辞退がなされると、それまでの準備が無駄になったり、改めて採用活動を開始したりする必要があり、使用者に損害が生じることが少なくありません。内定通知後に内定者が内定を辞退した場合に使用者は損害賠償を求めることができるのでしょうか。

 

内定通知後は労働契約が成立していますが、民法上期限の定めのない労働契約については、労働者に解約の自由があり、解約の申入れの日から2週間が経過することによって労働契約は終了します(民法627条)。この労働契約の解約には特に理由は不要です。これは内定段階においても同様であり、2週間の期間をおいて内定者は自由に内定辞退を行うことができると考えられます。

このように内定者は原則として自由に内定辞退を行うことが可能であるため、内定を辞退したことについて原則として違法とは言えず、損害賠償を行うことはできません。しかし、労働契約は当事者間の信頼関係に基づく継続的な契約であることを前提としており、内定辞退がそのような信頼関係を壊すような著しく信義に反するような態様(入社にあたり多額の費用をかけた入社準備が必要であることを認識しながら、合理的な理由なく入社日直前で内定辞退するなど)で行われた場合は、当該内定者は不法行為または債務不履行に基づく損害賠償義務を負うこととなります。

 

内定辞退に関する違約金の合意

上述のとおり、原則として内定辞退者に対する内定辞退を理由とした損害賠償請求は極めて困難であると言えます。そこで、内定辞退に備え(または内定辞退を牽制するために)、内定後に辞退する場合は違約金を支払う旨の合意を使用者と内定者の間で行うことが考えられます。

しかし、「内定」以降は労働契約が成立しており、労働法の適用を受けるところ、労働基準法16条で「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」とされており、この規定に反した契約(合意)は無効とされます。

従って、内定時に使用者と内定者との間で内定辞退における違約金の合意を行ったとしても、当該合意は無効であり、当該合意に基づく損害賠償請求を行うことは許されません。

 

なお、労働基準法16条はあくまでも違約金の定めや損害賠償額の予定する契約を行ってはならないとするものであり、内定辞退を行った場合に使用者に生じた損害を賠償する旨の合意を行うこと自体を禁止するものではありません。ただし、使用者と内定者との間でこのような合意を行っていたとしても、実際に損害賠償を請求できるのは上記()の場合に限られます。

 

4 入社後のトラブル回避のために

内定に関する諸問題についてトラブルを回避するためには、内定通知時に内定取消事由をあらかじめ書面等により明示したり、内定後入社前の研修等の参加義務について明示したりすることが必要であり、起こりうるトラブルを想定した事前準備が必要です。

これは雇用時における雇用契約書の作成や労働条件通知書の作成も同様であり、入社時における事前準備を行うことで入社後の炉同社とのトラブルを回避することが可能です。

グロース法律事務所では労働問題における使用者側専門の法律事務所として、従業員雇用時におけるアドバイスを行っております。内定や雇用時におけるトラブルでお悩みの場合はぜひご相談ください。

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谷川安德

谷川安德

谷川安德 大阪府出身。立命館大学大学院法学研究科博士前期課程(民事法専攻)修了。契約審査、労務管理、各種取引の法的リスクの審査等予防法務としての企業法務を中心に業務を行う。分野としては、使用者側の労使案件や、ディベロッパー・工務店側の建築事件、下請取引、事業再生・M&A案件等を多く取り扱う。明確な理由をもって経営者の背中を押すアドバイスを行うことを心掛けるとともに、紛争解決にあたっては、感情的な面も含めた紛争の根源を共有すること、そこにたどり着く過程の努力を惜しまないことをモットーとする。

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