入社前研修での賃金支払いの要否について弁護士が解説

 

1 はじめに

企業は採用・育成目的で、学生・内定者に対してインターンや研修(以下「研修」といいます。)を行うことが一般的になっています。しかし、これらは「教育」「体験」の名目でも、実態として 使用者の指揮命令下で労務提供がなされる場合には、労働基準法上の労働時間となり、最低賃金を含む賃金支払い義務が生じ得ます。

中には、入社前研修が長期間にわたり、また他社への就職を防ぐための囲い込みを目的としているかのような例もあります。

企業での研修は、基本的には、任意のものであり、就労の準備行為として、賃金の支払いを予定していないものと思います。

本稿では、入社前研修を企業が行うにあたり、賃金支払義務などが生じないようにするには、どのような点に留意すべきかを解説いたします。

 

2 行政解釈・行政通達

(1) 労働者性

インターンシップにおける実習に関しては、以下のような通達が出されています。

 

「一般に、インターンシップにおいての実習が、見学や体験的なものであり使用者から業務に係る指揮命令を受けていると解されないなど使用従属関係が認められない場合には、労働基準法9条に規定される労働者に該当しないものであるが、直接生産活動に従事するなど当該作業による利益・効果が当該事業場に帰属し、かつ、事業場と学生の間に使用従属関係が認められる場合には、当該学生は労働者に該当するものと考えられる」(平成9918基発636号)

 

以上を踏まえ、行政の解釈としては、以下のような実態がある場合、労働者に該当するものと考えられます(長野労働局・各労働基準監督署リーフレット「インターンシップ受入れにあたって」を参照)。後にもう少し詳しく説明致します。

 

〇 見学や体験的な要素が少ない。

〇 使用者から業務に関わる指揮命令をうけている。

〇 学生が直接の生産活動に従事し、それによる利益・効果が当該事業所に帰属する。

〇 学生に対して、実態として何らかの報酬が支払われている。

 

研修生等が労働者に該当する、ということは、賃金の支払いを要する契約関係に入っているということを意味します。

 

行政における通達は、大量の行政上の事務処理を統一的に行うための一つの行政内での解釈ですので、必ずしも裁判所の考え方と一致するものではありませんが、法律の趣旨などに照らして発出されているものですので、平時の労務管理としては、必ず参考にすべきです。

 

(2) 労働時間該当性

労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」とされます。これには、直接の業務遂行だけでなく、業務遂行に必要不可欠な付随行為(準備・後処理など)も含み得ます。

 

厚労省リーフレット(労働時間の考え方:「研修・教育訓練」等の取扱い)でも、研修が労働時間となるのは、例えば以下の場合と明示されています。

 

・休日参加を指示され、レポート提出が課されるなど「実質的な業務指示」で参加する研修

・業務に就くために見学が不可欠とされている業務見学(見学がなければ業務に就けない)

 

このような場合は、名目が「研修」「勉強会」でも、実態は労務提供と評価されます。

 

「指揮命令下」にあたるかどうか、使用従属関係にあるかどうかについては、任意参加であるのかが重要なポイントとなります。

 

仮に、形の上では任意参加とされていたとしても、不参加によって内定者等に不利益が生じる場合は、実質としては任意参加とは言えません。

 

具体的には、厚労省は先ほどのリーフレットでも、

 

・不参加が就業規則上の制裁対象

・不参加によって業務に就けない

 

など、事実上参加を強制される場合は労働時間と明記しています。

 

3 入社前研修(内定者研修)の留意点

本稿の主題につき、以上を踏まえて改めて整理しておきます。

 

(1) 採用内定の法的性質との関係

採用内定の段階で、内定者と企業との間には、始期付解約権留保付労働契約が成立していると解されます(大日本印刷事件・最高裁昭54.7.20など)。

 

インターンシップと異なり、内定の場合は、そのまま当該企業において就労が行われるという連続性が特徴です。その関係もあり、研修が実際には、当該企業における実務の準備としての性質を備えやすく、体験的な研修と異なり、極めて実務的かつ当該企業に即したものになりがちです。

 

この点は、労働者性、労働時間性の判断において留意すべきポイントの一つになります。

 

また、法的には、仮に義務付研修を行うとしても、果たして内定段階で義務付けができるのか、という法的問題はあります。この点は、極めて専門的な法的解釈になりますが、「始期付」を労働契約の効力が発生するのが、大学卒業後入社時であると理解する場合には、卒業前は労働契約の効力が生じていないことになり、義務付ができないのではというような議論もあるところです。

 

このため、入社前であっても、企業が一定の拘束を伴う研修を課した場合には、労働契約との関係で賃金支払い義務が問題になります(内定=まだ労働契約が完全に成立していない、と単純には言えません)。

 

(2) 賃金支払い義務が生じやすい典型

裁判例や、先ほどの厚労省リーフレットなども参考にし、改めて、入社前研修が労働時間と評価されやすい場合として、以下のとおり整理致します。

 

  1. 参加が義務付けられている
  2. 任意とは形式上されているが、欠席に不利益がある、評価・配属に影響する等)
  3. 研修内容が 業務遂行に必要な知識・技能習得を目的とし、会社が具体的に指示・管理する
  4. 宿泊研修などで時間拘束が強く、課題提出やレポート義務がある
  5. 実際の業務(準備作業・顧客対応・製造補助など)に近いことをさせる
  6. 準備行為としては研修期間が不相当に長期、断続的である。
  7. 手当・報酬が実費に比して多い

 

これらは「指揮命令下にある」「事実上強制されている」と評価されやすく、賃金支払いが必要になると判断されるケースが生じます。

 

(3) 賃金支払い義務が生じにくい典型

一方で、次のような要素を持つ入社前イベント・研修は、拘束性の弱さ、業務関連生性の低さ、不利益のないことなどから、労働時間に該当しにくいと言えます。

 

  1. 同期交流会、懇親会、情報交換会
  2. テーマ設定が自由な任意参加の勉強会
  3. 自宅学習型
  4. 業務と関連性の低い語学研修等の任意講習
  5. 手当・報酬が、交通費等の実費補助程度

 

(4) 「賃金額」は入社後と同額でなくてもよい

仮に入社前研修が労働時間となる場合でも、賃金体系を入社後と分けて設定し、時給制などとすること自体は可能です。ただし、最低賃金は下回れません。

 

4 結論

企業は制度設計の段階で、義務性・拘束性・成果物利用を点検し、必要に応じて賃金を払う設計にしておくことも重要です。

 

近時は、オワハラ(就活終われハラスメント)も大きな社会問題となっています。オワハラとは、一般に、企業が内定・内々定を出す条件として、学生に他社の就職活動(選考や内定辞退)を強制・強要する行為で、職業選択の自由を侵害するハラスメントの一つともされています。内定を出す代わりに他社への就職活動の辞退を求める行為も典型ですが、必要以上に長期、断続的な研修を実施し、事実上就職活動を妨害することも、その例の一つとなり得ます。

 

オワハラは、憲法で保障された職業選択の自由を侵害する行為ともなり、民法上の不法行為のみならず、刑法上の犯罪にも当たるケースがあります。

 

学生にオワハラと受け止められれば、結果として、企業等の社会的信用の失墜やイメージの低下につながりかねません。

 

社会的信用の蓄積が、結果として優秀な人材採用にも繋がります。今一度、内定者等への研修についての貴社の制度設計を御点検下さい。

 

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谷川安德

谷川安德

谷川安德 大阪府出身。立命館大学大学院法学研究科博士前期課程(民事法専攻)修了。契約審査、労務管理、各種取引の法的リスクの審査等予防法務としての企業法務を中心に業務を行う。分野としては、使用者側の労使案件や、ディベロッパー・工務店側の建築事件、下請取引、事業再生・M&A案件等を多く取り扱う。明確な理由をもって経営者の背中を押すアドバイスを行うことを心掛けるとともに、紛争解決にあたっては、感情的な面も含めた紛争の根源を共有すること、そこにたどり着く過程の努力を惜しまないことをモットーとする。

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