従業員の服装等を問題とする懲戒処分の可否について

はじめに

近時は、制服着用を義務づける企業は比較的少なくなってきており、とりわけ夏場におけるクールビズを中心に、環境に適応した服装を着用することは、むしろ社会通念上の常識ともなりつつあります。一方、「あまりに着崩した服装は不可」というのも常識の一つとも言えます。しかし、着崩しているかどうかは評価であるがゆえに、線引きが難しいのが実情です。

また、就業規則(または関係規程)上、制服や髪型を指定する業種業態があり、その業種業態(例えば公共交通機関や百貨店等)を見る限り、一定の服装指定等を行なうことには合理性が認められる場合も多くあります。その場合に、服装規程等に反した従業員にどのような対応をなすべきか、なし得るのかが問題となります。

本稿では、どのような場合にどのような従業員の服装等を問題として懲戒処分をなし得るのか、概説致します。

 

1 懲戒処分について

本稿では詳しく触れませんが、懲戒処分にあたっては、懲戒処分の内容と、当該懲戒処分をなし得る事由が就業規則上明示されていなければなりません。

制服着用等を義務づける会社の場合、服装等については服務規律の一つとして、会社の定める服装等を着用すべき旨が定められていますし、懲戒事由として服務規律違反がある場合を定めることがほとんどです。

一方、制服着用等の義務づけがない会社では、服装は従業員の判断に任されていますが、企業秩序を遵守することは従業員の義務であり、風紀を乱すような服装等は通常服務規律違反の一つになると考えられます。

 

2 争いの典型例

服装や髪型等を理由として、懲戒処分を行なった場合には、懲戒処分が無効である、あるいは人格権が侵害されたとして損害賠償請求される、といった内容で紛争となります。

先ほども述べましたが、企業は、その事業の内容、性質等に応じて、事業の円滑な運営のために必要不可欠な企業秩序を維持確保するため、労働者の服装等についても規則を定め、労働者に対してその遵守を求めることができると考えられています。しかし、それは合理的な範囲で有る限りにおいてであり、事業目的と無関係に規則を定めた場合に、当該規則の有効性が認められるとは限りません。また、違反の程度に比べてあまりにも重い懲戒処分を行なうことも認められません。

一例として、判例を用いて解説しますと、バス運転士として勤務する労働者が、制帽を着用せずに乗務したことが就業規則等に違反するとして会社から懲戒処分を受けたことについて、制帽を着用して乗務することを義務付けた就業規則等の規定は合理性を欠き、仮にそうでないとしても右懲戒処分は懲戒権の濫用に当たるなどと主張して、右懲戒処分の無効確認を求めた事案がありました(東京地裁平成10年10月29日労判754号43ページ)。

結論として、裁判所は就業規則等の規定の合理性を認め、また懲戒権の濫用を認めませんでしたが、規定の合理性については、次のように説示しました。

 

「着帽乗務を定めた本件諸規定が合理的なものといえるかどうかについて検討すると、道路運送法二四条一項において、一般乗合旅客自動車運送事業者(乗合バス事業者)に対して自動車の運転者等に制服を着用させることを義務付けた趣旨は、右事業が不特定多数の公衆に対して運送の役務を提供することを内容とし、乗客の生命、身体、財産の安全に直接かかわる公共性の高い性質を有する事業であることにかんがみ、直接運行業務に携わる運転者等に対しては、その業務に従事中、事業の公共性と任務の重要性を絶えず自覚させるとともに、乗客に対しては、制服を着用している者が正規の運転者等であることを認識させて運転者等に対する信頼感を与え、もって、その業務の遂行を円滑ならしめることにあると考えられる。
 ところで、制帽は、当然に制服の一部となるものではないが、制服と併せ着用することにより、制服だけを着用している場合に比べ、より一層運転者等の自覚を高め、また乗客に対してはより一層規律正しい印象を与える効果があると考えられるから、運転者等に対する信頼感の醸成に寄与するものといえる。このように、制服と併せて制帽の着用を定めることは、右条項の趣旨をより一層明確な形で顕現するものということができる。また、制帽は、車内が混雑しているときなどには、乗客から運転者等の判別が容易になるなどの効果を持つことも考慮に入れる必要がある

以上述べたところからすると、制帽の着用により看過し得ない弊害が生ずると認められない限り、本件諸規定には合理性があるというべきである。(下線引用者)」

 

3 目的・必要性と手段の相当性

下線部をご覧いただけると明快なとおり、その事業にとって事業遂行上のなぜ、制服等を指定する必要性(目的)があるのかが重要な視点になっています。

したがって、このような目的、必要性を説明出来ない限り、単に事業主の主観のみでは懲戒処分には無効とされるリスクが伴います。

明確に服装等を定める目的を捉え、そのために必要最小限の定めとなっているかが重要な視点になりますので、懲戒処分だけではなく、注意指導を行なう場面においても、このような視点において指導を行なっていく必要があります。

 

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谷川安德

谷川安德

谷川安德 大阪府出身。立命館大学大学院法学研究科博士前期課程(民事法専攻)修了。契約審査、労務管理、各種取引の法的リスクの審査等予防法務としての企業法務を中心に業務を行う。分野としては、使用者側の労使案件や、ディベロッパー・工務店側の建築事件、下請取引、事業再生・M&A案件等を多く取り扱う。明確な理由をもって経営者の背中を押すアドバイスを行うことを心掛けるとともに、紛争解決にあたっては、感情的な面も含めた紛争の根源を共有すること、そこにたどり着く過程の努力を惜しまないことをモットーとする。

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