カスタマーハラスメント対策として自社で準備すべきマニュアルとは何か?

 

1 本稿が取り上げる実務での問題解決の視点~

(1) 厚労省マニュアル

厚労省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業検討委員会」が2022年2月に策定した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(以下「厚労省マニュアル」といいます。)によれば、「カスタマーハラスメント」(以下「カスハラ」といいます。)とは、「顧客等からのクレーム・言動のち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」を念頭にマニュアルが策定されています。

(2) 果たして厚労省マニュアルは現場でそのまま使えるか?

もっとも、同マニュアルにも紹介されていますが、カスタマーハラスメント対策の取組を進めるにあたっての課題としては、ハラスメントの定義、判断基準に関して、「カスタマーハラスメントを社会通念に照らして不相当と定義するが、社会通念というのが抽象的で具体性がない」「個々人で勝手な判断がされないか懸念がある。従業員の年代、環境からのギャップがあると感じる」といった不安等も多く、また、顧客との関係では「顧客第一主義を掲げるとお客様の言いなりになってしまう事案が多い。」「なかなか顧客に意見できない。」といった現場の声も聞こえるところです。

 

自社で備えておくべきは、マニュアル等に基づく顧客対応のノウハウの蓄積と実践であったりしますが、厚労省マニュアルはあくまで最大公約数的なマニュアルであって、自社にそのまま使えるとは限りません。

 

例えば、カスハラの一例として「正当な理由なく、権威を振りかざし要求を通そうとする、お断りをしても執拗に特別扱いを要求する。または、文書等での謝罪や土下座を要求する」といった「権威型」と称するカスハラへの対応例として「不用意な発言はせず、対応を上位者と交代する。要求には応じない」との例が示されています。

 

おそらく「(不合理な)要求には応じない」という結論には異論がありませんが、「不用意な発言」とは何か?、交代した「上位者」はどのように対応したら良いかは書いていません。しかし、現場において難しいのは、このような権威型では、威圧的であり、また、相づちを打たせないほどに言葉を重ねてくるようなタイプであったり、権威を振りかざすだけはなく、居座る等の他の言動も重ねるようなタイプであったりと、リアルタイムに生じる様々な言動に対応していかなければならないことです。

 

本稿では、自社で構築すべきカスハラ対策について、自分の言葉でどのように落とし込めるか、という視点で概説したいと思います。

 

2 損害賠償責任を生じさせる「カスハラ」と対策マニュアルとしての「カスハラ」の違い

一口に「カスハラ」といっても、損害賠償責任を発生させるレベルの「カスハラ」と本稿が念頭におく「カスハラ」とは必ずしも要件は一致しません。

 

現在法整備が進んでいる「カスハラ」や厚労省マニュアルでの「カスハラ」は、企業としてとるべき措置といった視点からの「カスハラ」ですが、損害賠償責任が発生する意味での「カスハラ」は、その言動が違法であったかどうか、安全配慮義務を生じさせるようなものであったかどうか、といった視点での「カスハラ」です。

 

そのため、実際の損害賠償請求に関する裁判でも、「カスハラ」という言葉や定義自体に意味があるのではなく、最終的には例えば人を傷つける違法な言動があったかどうか、発生した精神的損害はどの程度であったか、といった具体的な法律上の要件について主張をしていくことになります。

 

当職が利用している判例検索システムWestlaw japanで「カスタマーハラスメント」という用語で検索すると、本稿執筆時点では、損害賠償請求事案としては、長野地裁飯田支部令和4830日判決が直近の事例判決としてヒットしました。

 

事案は、医療機器等の取引交渉の過程において、原告ら2名(営業側)が、被告ら(顧客側)から、種々の暴行、脅迫等を受け、精神的苦痛を被ったとして、顧客である被告及びその使用者である被告を雇用する法人に対し、民法709条所定の不法行為責任及び民法715条1項所定の使用者責任に基づく損害賠償請求として、原告らそれぞれに対し、慰謝料200万円等の連帯支払いを求めた事案です。

 

判決では結論として、原告のうち1名に対しては40万円、もう1名の原告に対しては20万円の連帯支払いとしての損害賠償義務を認めました。

 

この事案自体は極めて悪質と評価できる刑事事件ともなっている事案で、出来事としては、次のような認定がなされている事案です。

 

 

令和元年11月12日の出来事として、以下の事実が認められる。

 

(1) 原告らは、令和元年11月12日午前8時30分頃、被告Y2に超音波診断装置等の見積書を提出するため、b病院を訪れた。

 

(2) 上記見積書を受け取った被告Y2は、原告X2に対し、既に見積書を受け取っていた血液ガス分析装置について、メモ用紙とペンを渡して値引額を書くように迫り、さらに、b病院職員のBからカッターナイフを受け取り、カッターナイフの刃を出したり引っ込めたりしながら値引額を書くように迫った。

 

(3) 上記被告Y2の言動で追い詰められた原告X2は、値引には応じられないものの、商談をまとめるため、メモ用紙にサンプルを1個提供する旨を書こうとした。

 

(4) 原告X2が値引額を書いてしまうと思った原告X1は、原告X2の背後から、原告X2が持っていたメモ用紙とペンの上に原告X1の右手を覆い被せた。

 

(5) 上記原告X1の行動に苛立った被告Y2は、「要らんことをするんじゃない」などと言いながら、カッターナイフを持っていた右手を振りかぶり、原告X1の右手の甲に当たる寸前でカッターナイフをひっくり返し、カッターナイフの刃の背面部の先端部分(通常は物を切る際に用いない部分)を原告X1の右手の甲に押し当て、被告Y2側に引き、原告X1の右手の甲に、出血を伴う約1cmの傷(甲5)を負わせた。

 

(6) 続いて、被告Y2は、原告X1の左背後に回り、原告X1が首から提げていた携帯電話のネックストラップを両手で持ち、原告X1の喉仏辺りでクロスさせ、5秒から10秒ほど、原告X1の首を絞めた。

 

というような事例です。

 

厚労省マニュアルに照らしても、カスハラにあたることは明白です。

もっとも、このような悪質な事例においても、その認められている損害額自体は低額との評価はあるかと思います。

 

被害を受けた本人はもちろんですし、雇用する企業にとっても、他の従業員への悪影響、イメージ低下、他の顧客への影響等はかりしれない損害を被る可能性があります。

法的紛争に発展する前に未然に対策を練ることの重要性は、こうした法的紛争事例での結末から考えてもお分かりいただけるのではないかと思います。

 

3 自社で備えるべきカスハラマニュアルのポイント

(1) 厚労省マニュアルの例

例えば、厚労省マニュアルにおいては「時間拘束型 長時間にわたり、顧客等が従業員を拘束する。居座りをする、長時間、電話を続ける」といった類型がカスハラの類型として紹介され、対応例として「対応できない理由を説明し、応じられないことを明確に告げる等の対応を行なった後、膠着状態から一定時間を超える場合、お引き取りを願う」等の例が示されています。

 

(2) 自社への置き換えの必要性

ここで自社の現場に置き換えた時に、次のような疑問が発生するのではないでしょうか。

 

・「一定時間」とは何分?何時間?どこからカウント?

・「膠着状態」ってどの状態?

 

もし、ここで思考が止まってしまう場合には、自社への置き換えとしては不十分と言わざるを得ません。

業種業態毎にもちろん異なりますから、それぞれの事業、顧客との関係性に合わせたマニュアルを作らなければなりません。

顧客に対して、何らかの一通りの商品説明が必要な店頭であれば、説明に必要な時間は膠着状態とはいえず、やはり通常人を前提に説明に要する一定時間とはどれくらいであるかという想定が必要です。それを踏まえてこそ、常識の範囲を超えた「居座り」「長時間」という評価が可能となります。

その点で、例えば小売店舗と飲食店では相違があると思われます。

また、顧客対応を上長に引き継ぐ場合を想定しても、上長はそこからどのように対応するかを想定しておかなければなりません。一般論として例えば、弁護士対応に任せるといっても、その場に弁護士がいるわけではありません。具体的な通報先やその場を何名で対応するのか、実際の現場を想定し、対応可能なマニュアル策定を行っておく必要があります。

 

4 弊所のサポート内容

弊所では、カスハラマニュアルについては、各企業の業種業態毎に、リアルな現場を想定し、活きたマニュアル作成が行えるようアドバイスを行っています。

また、研修についても、幹部向け、一般従業員向けとで内容を分ける方が適切な場合もありますので、随時ご相談いただければと思います。

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谷川安德

谷川安德

谷川安德 大阪府出身。立命館大学大学院法学研究科博士前期課程(民事法専攻)修了。契約審査、労務管理、各種取引の法的リスクの審査等予防法務としての企業法務を中心に業務を行う。分野としては、使用者側の労使案件や、ディベロッパー・工務店側の建築事件、下請取引、事業再生・M&A案件等を多く取り扱う。明確な理由をもって経営者の背中を押すアドバイスを行うことを心掛けるとともに、紛争解決にあたっては、感情的な面も含めた紛争の根源を共有すること、そこにたどり着く過程の努力を惜しまないことをモットーとする。

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