同一労働同一賃金における賞与と退職金の取扱いの注意点
Contents
1 はじめに
大阪医科薬科大学事件及びメトロコマース事件において、それぞれ最高裁が賞与と退職金の待遇差について、不合理とまでは言えない旨の判断を下しました。
しかし、これは当該事例における判断であり、結論だけを取り上げてはいけません。
特に、メトロコマース事件における退職金の判断については、反対意見もあり、極めて微妙な判断がなされたとの認識を持つ必要があります。
本稿では、賞与と退職金の取扱いについて、実務上の注意点を取り上げたいと思います。
2 賞与・退職金についての最高裁判決の比較
(1) 大阪医科薬科大学事件
賞与についての判断は概要以下のとおりです。
趣旨・性質
算定期間における労務の対価の後払い(①)や一律の功労報償(②)、将来の労働意欲の向上(③)等の趣旨を含む。正社員の賞与は基本給の4.6ヶ月分が支給基準(④)となっており、基本給は勤務成績を踏まえて勤務年数に応じて昇給するものであり職能給の性格(⑤)を有する。このような賃金体系や求められる能力及び責任の程度に照らせば、賞与支給の目的は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る(⑥)ことにある。
*下線及び括弧内番号付与引用者
不合理性について
職務の内容について、業務内容は共通する部分はあるものの、アルバイト職員の業務は相当に軽易であることがうかがわれるのに対し、正職員はこれに加えて、学内の英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があったのであり、一定の相違があったことは否定できない。
職務の内容及び配置の変更の範囲について、正職員は人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し、アルバイト職員は原則として業務命令により配置転換されることはなく、人事異動は例外的かつ個別的な事情によって行われていた。
その他の事情として、現在教室事務として正職員が担当している教室以外の教室事務は業務の過半が定型的で簡便であったことからアルバイト職員に置き換えてきた経緯があること、アルバイト職員については、契約職員、正職員への段階的な登用制度があった。
上記事情からすると賞与にかかる労働条件の相違は不合理とあるとまで評価することはできない。
(2) メトロコマース事件
退職金についての判断は概要以下のとおりです。
趣旨・性質
支給対象となる正社員は業務の必要により配置転換等を命じられることもあり、退職金の算定基礎となる本給は年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分からなる(⑦)ものとされていたものである。
これらに照らせば、退職金は職務遂行能力や責任と程度を踏まえた労務の対価の後払い(⑧)や継続的な勤労に対する功労報償(⑨)等の複合的な性質を有するものであり、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的(⑩)から様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員(⑪)に対し退職金を支給することとしたものといえる。
不合理性について
職務の内容について、業務の内容はおおむね共通するものの、正社員は欠員が出た場合の代務業務を担当していたほか、複数の売店を統括し指導等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し、契約社員は売店業務に専従していたものであり、両社の職務に一定の相違がある。
職務内容及び配置の変更の範囲について、正社員については業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり、正当な理由なく、これを拒否することはできなかったのに対し、契約社員は業務の場所の変更を命ぜられることはあっても、業務の内容に変更はなく配置転換等を命ぜられることはなかったものであり、一定の相違があった
その他の事情について、売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについては、組織再編等に起因する事情が存在していたこと、契約社員から正社員への開かれた試験による登用制度が設けられていたことを考慮するのが相当である。
これらを考慮すると、契約社員の有期労働契約が原則として更新されるものとされ、必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず、10年前後の勤務期間を有していることを斟酌しても、不合理な相違とは評価できない。
補足意見
原審は職務の内容等を十分に考慮せず、契約社員の契約が原則として更新され、定年制が設けられ、長期間勤務したことを考慮して不合理と判断した。しかし、退職金の複合的な性質や支給目的を踏まえて職務内容を考慮すれば(⑫)不合理とまではいえない。
退職金の不合理性の判断にあたっては、企業等において退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を十分に踏まえて検討(⑬)する必要がある。
労使交渉を踏まえて賃金体系全体を見据えた制度設計されるのが通例(⑭)であり、退職金制度を継続的に運用していくためには長期間にわたって用意する必要があり、使用者の裁量判断を尊重する余地は比較的大きい(⑮)。
反対意見
契約社員Bは、契約期間を1年以内とする有期契約労働者として採用されるものの、当該労働契約は原則として更新され、定年が65歳と定められており、正社員と同様、特段の事情がない限り65歳までの勤務が保障されていたといえる。契約社員Bの新規採用者の平均年齢は約47歳であるから、契約社員Bは、平均して約18年間にわたって第1審被告に勤務することが保障されていたことになる。他方、第1審被告は、東京メトロから57歳以上の社員を出向者として受け入れ、60歳を超えてから正社員に切り替える取扱いをしているというのであり、このことからすると、むしろ、正社員よりも契約社員Bの方が長期間にわたり勤務することもある(⑯)。第1審被告の正社員に対する退職金は、継続的な勤務等に対する功労報償という性質を含むものであり、このような性質(⑰)は、契約社員Bにも当てはまるものである
*下線及び括弧内番号付与引用者
3 賞与と退職金の判断の差のポイント
このように、個別の事例の結論(メトロコマース事件については多数意見)については、いずれも待遇差が不合理ではないとされました。しかし、メトロコマース事件においては、反対意見において、多数意見がいうような使用者の裁量判断自体は尊重しつつも、契約社員の方が長期間にわたり勤務することもある実態に鑑み、結論において不合理な待遇差であるとの意見が出されました。
判決を読み解く上においては、まず、最高裁も使用者の裁量判断を尊重する余地の大きい待遇を認めているということです。特に、基本給については、裁判例においても不合理な待遇差と認める例は特殊な事例にとどまっています。これは、例えば、大阪医科薬科大学事件の最高裁が述べるように、基本給には使用者の裁量判断を認めるべき余地が多いにあり、「勤務成績を踏まえて勤務年数に応じて昇給するものであり職能給の性格」を有するような基本給の場合には、裁判所が待遇差を不合理と評価出来る例は極めて稀と考えられるからです。
そして、このような使用者の裁量を尊重すべき基本給と、賞与・退職金が連動している限り(①④⑦⑧)、賞与・退職金についても、使用者の裁量を広く認めるべきとの価値判断が働くのです。
一方、最高裁が「複合的な性質」と指摘するように、賞与や退職金が一律の功労報償の意味合いを持つ場合には、不合理性を認める方向に働く価値判断が生じます。
なぜなら、功労報償というのは、一定期間働いた、ということに対する対価としての意味を有してくるからです。
ここで、賞与と退職金には大きな差が生じてきます。
それは、賞与は勤続年数が少ないものに対しても、正社員としての定着を目的として支給されるものであるのに対し、退職金の場合には、既に一定期間働き、退職した後に支給がなされるからです。メトロコマース事件最高裁の反対意見においては、まさにこの点を捉え、当該契約社員が正社員よりも長期間にわたり勤務することもあること(⑯)からすると、功労報償という性質で説明しようとする場合には(⑰)、それは契約社員にも当てはまるのではないか、と判断される余地があるのです。
賞与や退職金については、多くの会社の例において、「複合的な性質」と評価される場合が多いと思いますが(①②③⑧⑨⑫⑬)、複合的な性質であれば、不合理ではないという結論が導き出される訳ではありません。あくまで、どの要素が強いか弱いかという個別の分析のうえで判断していく必要がありますので、注意が必要です。
中小企業においても、2021年4月1日から、非正規社員から待遇差の説明を求められた場合には、説明をすべき義務が生じます。くれぐれも判決の文言だけを引用して、その意味するところと異なる説明を行うことのないよう、準備いただければと思います。
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