就業規則の周知性~効力ゼロにならないために~

 

1 はじめに

就業規則については、「周知性」の要件が必要であることは比較的良く知られているかと思います。

もっとも、「周知性」の要件は、行政監督の対象となるという意味での「周知性」と、就業規則が対従業員との関係で効力を生じるための要件となるという意味での「周知性」とでは、必ずしも一致しません。

 

2 行政監督対象としての「周知性」

労基法106条は、その1項において

 

(法令等の周知義務)

106

使用者は、この法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則、(中略)を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって、労働者に周知させなければならない。

 

と定め、労基法施行規則は、

第五十二条の二 法第百六条第一項の厚生労働省令で定める方法は、次に掲げる方法とする。

一 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること。

二 書面を労働者に交付すること。

三 使用者の使用に係る電子計算機に備えられたファイル又は第二十四条の二の四第三項第三号に規定する電磁的記録媒体をもつて調製するファイルに記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること。

 

と定めています。

 

これらの規定による周知性を欠いている使用者については、罰則付きで行政監督対象としています。

条文から明らかなように、就業規則の現実的な交付や、各作業場における備置閲覧を求めており、一定の様式性を求めていると言えますし、対象を限定的に列記しています。

 

3 効力要件としての「周知性」

一方、就業規則の契約内容効(労契法7条)や契約変更効 (10 条)の要件となる周知については,裁判上もこれとは異なり、必ずしも一定の様式を備えることまで求められていません。それは必ずしも要件を緩和するという意味ではありませんが、発想としては、「労働契約関係にある当事者(主には労働者)を就業規則の内容で拘束して良いか」という評価的な視点で検討するものであり、これら労基法の定める限定的・様式的な周知性と区別する意味で、「実質的な周知性」で足りるという説明がなされています。

この「実質的な周知性」は、様式的なものではなく、労働者が知ろうと思えば知りうる状態に置くことを指すと解されており、労働者が実際にその内容を知っているか否かは問われていません。したがって、上記状態に置いている限り、「見たことはなかった」という理由では、周知性は否定されてません。

 

 

例えば、東京地判平成18 1 25労判91263 頁は、次のように判示しています。

まず、「実質的周知性」については、「就業規則が法的効力を有するためには、従業員代表の意見聴取、労基署への届出までは要せず、従業員に対し、実質的に周知の措置がとられていれば足りると解するのが相当である。なぜなら、使用者が義務を履践しないことにより就業規則の効力を免れるのは相当ではないからである。そして、ここにいうところの実質的な周知とは、従業員の大半が就業規則の内容を知り、又は知ることのできる状態に置かれていれば足りる解するのが相当である。」

とした上で、本件では、

・就業規則は事務用の書棚にファイルされて置いてあり、同支店の従業員であればいつでも閲覧できるようになっていた

・黒い背表紙のファイルに入れて支店の書棚に置いてあり、書棚には鍵はかかっていなかったため、同支店の従業員はいつでも見ることができた。また、同じファイルに遅刻、欠勤、有給休暇等の勤怠の申請用紙も入っており、被告千葉支店の従業員はそこから用紙をとっていたことから、当該ファイルの存在をよく知っており、ファイルに就業規則があることも十分に認識していた

・原告のうちAは、被告大阪支店の支店長であり、通常、就業規則の内容を知らないで従業員の管理をすることは困難

等(一部事実認定のみ抜粋しています。)等を認定し、実質的周知性を認めました。

 

このように、実質的周知性は、様式性を要しないという点では実質的で「足りる」という言い方も出来ますが、就業規則が労働者に対し、使用者の定める労働条件を拘束させるものである以上、特に、賃金制度を変更させるような場面においては、労働者に対する周知や、説明の誠実性、具体性などは実際の裁判例においては、使用者に厳しめに判断される可能性があるものとして、平時の管理が必要です。

 

4 実質的周知性が大前提であること

労使間の紛争において、就業規則を前提とする紛争はほとんどと言えます。

例えば、懲戒処分も就業規則に具体的に定めがない限り、これを行なうことが出来ません。

例えば、懲戒解雇を就業規則に基づき行なったとしても、実質的周知性が否定されれば、解

雇無効となります。

また、例えば、就業規則やこれに付随する賃金規定等において固定残業代の定めがあり、その定めが仮に固定残業代の有効性要件を備えていたとしても、実質的周知性が否定された場合には、支払済みの固定残業代分は、残業代の支払いとは認められません。

中小企業の多くにおいて、この実質的周知性は現場における見直しが一番最初に必要な要件の一つですので、今一度、ご確認をお願い致します。

 

 

 

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谷川安德

谷川安德

谷川安德 大阪府出身。立命館大学大学院法学研究科博士前期課程(民事法専攻)修了。契約審査、労務管理、各種取引の法的リスクの審査等予防法務としての企業法務を中心に業務を行う。分野としては、使用者側の労使案件や、ディベロッパー・工務店側の建築事件、下請取引、事業再生・M&A案件等を多く取り扱う。明確な理由をもって経営者の背中を押すアドバイスを行うことを心掛けるとともに、紛争解決にあたっては、感情的な面も含めた紛争の根源を共有すること、そこにたどり着く過程の努力を惜しまないことをモットーとする。

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