復職判断における「治癒」とは何か?について弁護士が解説

 

1 はじめに

メンタル不調によって1か月以上の休職をする社員は、近年ますます増加傾向にあるといわれています。メンタル不調を訴えてくる社員には、事実として不調を生じている社員もいれば、詐病を疑わざるを得ない社員、休職中の過ごし方に問題がある社員、復職判断が難しい社員など様々な社員がいます。

 

紛争となる多くのケースでは、

 

①従業員が休職と復職を繰り返してトラブルになった

②主治医の診断では復職可とされているが、具体的理由が記載されておらず、会社として復職判断に困り、結果復職させたものの、不調が続いている様子で期待した労働をしてもらえない。

③復職不可と判断し、自然退職としたものの、復職を求めて争われている

 

といった形で問題となっています。

 

休職・復職にあたり企業がどのような準備と対応をもって臨むべきかは、就業規則の整備のみならず、実際にこうした対応を迫られた時に、労働安全衛生に関する実務対応として平時から備えておくべき体制構築の問題でもあります。

 

本稿では主に「治癒」とは何か?の側面に焦点を当てて、解説致します。

 

2 そもそも労働契約において従業員が提供すべき業務とは?

(1) 「債務の本旨」

民法第493条は、「弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。」と定めています。

 

労働契約に置き換えると、労働者は「債務の本旨」に従って、労務を提供しなければなりません。

 

これをより具体的に言うと次のようにいうことができます)なお、厳密な法的視点からの補足はありますが、本稿に沿って分かり易くしています)。

 

① 総合職

一般的には、将来的に経営層、管理職等への道も予定する職群であり、そのため、幅広い経験を積むことが予定され、異動、転勤、ジョブローテーションなどが予定されていることが多い職群です。

② 一般職

このような総合職を支えるため、基本的には特定された職務を遂行することを期待されている職群です。異動、転勤等は一般的には予定されていません。

③ パートタイマー・・・②と同様のケースが多い職です。

④ 職種限定合意の労働者(職種限定社員)

 

労働者と使用者との間で職種等を特定のものに限定する合意がなされることがあります。ヘッドハンティングのような高度専門職のケースや、技術職などのケースで多く見られます。

 

休職復職判断において、「債務の本旨」を見る場合には、どの職群で雇用された労働者であるのかという視点は極めて重要です。なぜなら、総合職で雇用された従業員は総合職で期待されている労務を提供しなければならず、一般職の労務を提供しても、それは原則として「債務の本旨」に従った労務の提供とはならないからです。

 

他方、使用者の側から「債務の本旨」とみた場合、これは合意された賃金を全額支払う、ということが原則的な意味合いとなります。

 

3 「治癒」とは何か?

復職判断における「治癒」とは何か?という場面を見た時に、近時では、それが賃金を求める場合の問題であるのか、それとも自然退職や解雇という雇用を喪失する場合の問題であるのかによって、判断の視点が少し異なるのではないかという分析もされるようになってきました。

 

もっとも、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したとき、が「治癒」の定義であること自体については、争いはないと言って良いと思います。

 

場面ごとに、「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したとき」という状態をどのように考えるべきかが問題といえます。

 

(1) 賃金全額支払いを求めた片山組事件

復職判断の重要な先例となっている裁判例として、片山組事件最高裁判決(最判H10.4.9)があります。

 

これは、会社が従業員に対して、従業員が提出した医師の診断書などを元に、業務命令としての自宅治療命令を出し、その間、従業員が賃金を得られなかったことから、従業員が会社に対して、欠勤として扱われた間の賃金の支払いを求めた裁判です。従業員は、従前のすべての業務は出来ないが、限定された一定の業務は可能であると会社に申し出ていました(本稿の限度で、かなり簡略化しています。)。

 

以上の説明のとおり、これは自然退職や解雇の場面ではなく、雇用期間中の賃金の全額支払の要否の問題です。

 

また、休職命令による休職と復職の問題とも厳密には異なります。

 

この例で、最高裁は「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」と判断しました。

 

一見難しい言い回しですが、簡潔にいえば、職種や業務内容の限定などがない労働者については、その労働者が配置される現実的な可能性があると認められる他の業務について、労働者が執務可能と申し出ている場合には、会社は賃金の支払を拒めない、という内容です。

 

この最高裁判例は、先述のように、厳密には雇用期間中の賃金の問題であり、休職と休職期間満了前に治癒し復職を認めるべきか、そうではなく自然退職や解雇を認めるべきか、という問題とは異なりますが、その後後者に関する判例に大きな影響を与えることがなりました。また、それが少し、この復職判断の問題を難しくしている一因といえます。

 

ただ、ここで誤解してはいけないのは、あくまで、どの職群で、どの職種・業務を任されていた従業員かという視点です。例えば、総合職の従業員について、総合職を補佐する一般職事務ならできる、という申し出があったとしても、それは「現実的可能性があると認められる他の業務」とまでは認められないと考えられます。

 

むしろ、100%の賃金の支払いが求められる以上、従前の100%の業務ができることが前提です。その前提自体には何ら分かりはなく、ただ、「業務」というものを断定的に従前と同じ、ということではなく、職群等に従って、もう少し会社として他に現実的にあり得ないかという検討を行う必要があるという判断を示したものといえます。

 

(2) 休職期間満了前の「治癒」判断~自然退職・解雇

近時の裁判例では、次のような言い方で判断をするケースが増えてきました。

 

「復職の要件である治ゆとは、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したときを意味し、それに達しない場合には、ほぼ平ゆしたとしても治ゆには該当しない。」「もっとも、当初、軽作業に就かせれば、程なく通常業務に復帰できる場合には、使用者に、そのような配慮を行うことが義務付けられる場合もあるというべきである。」(静岡地判令和61031日労経速25733頁)

 

ここでは新たに「当初、軽作業に就かせれば、程なく通常業務に復帰できる場合」という会社にとっては雇用維持に向けてのプラスαの努力を求めるような言いましが出てきています。

 

「当初、軽作業」というのは、休職機関満了時においては、明らかに100%の従前の約束どおりの労務提供は不要ということを意味しているように読めます。

 

結局、整理としては、「治癒」はしていないけれども、自然退職・解雇という労働者としての地位を失う可能性のある場面である以上、一般的に解雇が制限されているのと同様、会社としては雇用維持のために、最終の努力を信義則上尽くして下さい、という意味合いのように考えられますし、「配慮を行うことが義務付られる場合もある」というのは、法的には信義則上の義務であるように考えられます。

 

「程なく」というのがどれくらいの期間であるのかも判断が難しいところですが、基本的には100%に近い回復がされていることを前提に、主治医や産業医の所見、そもそもの休職期間がどれくらいであったかということを元に、試し出勤、復職後の軽作業等で雇用をある程度維持することの検討が会社には求められているといえます。

 

3 弊所のサポート内容

弊所では、休職判断時点から復職判断に至るまでの継続サポートも重要視しています。求めるべき医師の所見の内容も復職判断においては重要ですので、いざ復職判断をする時、という場面ではなく、休職判断時からご相談いただくことを推奨致します。

 

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谷川安德

谷川安德

谷川安德 大阪府出身。立命館大学大学院法学研究科博士前期課程(民事法専攻)修了。契約審査、労務管理、各種取引の法的リスクの審査等予防法務としての企業法務を中心に業務を行う。分野としては、使用者側の労使案件や、ディベロッパー・工務店側の建築事件、下請取引、事業再生・M&A案件等を多く取り扱う。明確な理由をもって経営者の背中を押すアドバイスを行うことを心掛けるとともに、紛争解決にあたっては、感情的な面も含めた紛争の根源を共有すること、そこにたどり着く過程の努力を惜しまないことをモットーとする。

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