メンタル不調社員への対応 ~休職制度と治癒についての留意点~

 

厚生労働省の2021年「労働安全衛生調査(実態調査)」によれば、2020111日から20211031日の1年間に、メンタルヘルス不調により連続1カ月以上休業した社員がいた事業所の割合は8.8%で、前年に比べ1.0ポイント増加し、また、メンタルヘルス不調により退職した社員がいた事業所は4.1%で、こちらも同0.4ポイントの増加となったとのことです。

メンタルヘルス不調を抱える社員については、多くの場合次のような類型での相談が見られます。

 

①メンタルヘルスを抱えると思われる社員に対し、どのように対応すべきか。受診命令はできるのか、休職を命ずべきか、退職勧奨、解雇その他どのような対応をすべきか。

②私傷病休職中の社員が、復職可能との診断書を会社に提出し、従前の職場への復職を希望する場合に、どのように対応すべきか

③復職後再度不調が確認された場合にどのように対応すべきか。

④他の従業員に負荷がかかるなど職場内の環境悪化に対してどのように対応すべきか。

⑤解雇はどのようなタイミングで可能か。

 

本稿では、こうした相談に対応するための基礎知識として、休職制度や、復職の判断基準について概説致します。

 

1 「休職」とは

休職とは、業務外での疾病等主に社員側の個人的事情により相当長期間にわたり就労を期待し得ない場合に、社員としての身分を保有したまま一定期間就労義務を免除又は禁止する特別な扱いをいいます。休職の定義、休職期間の制限、休職期間中の給与、復職等については、労基法に定めはありませんので、各企業の定めるところによります。

厚生労働省のモデル就業規則では、以下のような規定例が挙げられています。

 

(休職)

第9条 社員が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。

① 業務外の傷病による欠勤が か月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき     年以内

② 前号のほか、特別な事情があり休職させることが適当と認められるとき

 必要な期間

・休職期間中に休職事由が消滅したときは、原則として元の職務に復帰させる。ただ

し、元の職務に復帰させることが困難又は不適当な場合には、他の職務に就かせるこ

とがある。

・第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難

な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。

 

社員には会社に対して労務を提供するという義務があります。業務外でのメンタル不調により従前の諸君無を通常の程度に行えない場合には、義務を履行できない状態となるため、法的には解雇もやむを得ない状態は生じ得ます。しかし、この休職制度自体は、その解雇を一定期間猶予し、社員の病気の治癒と社員の復職を図るための制度であると言えます。

 

2 「治癒」とは何か

このように、休職制度自体は、解雇を猶予する側面も有し、その判断は社員がかかるその病気が「治癒」したかどうかが一つの判断材料となります。

基本的には、治癒の基本的判断は、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したと判断できるか否かによって行われますが、それを前提としつつも、休職者の業種や従事していた業務内容が特定されていたかどうかでさらに場合分けが必要です。

 

この点で著名な判例としては、最高裁の平成10年4月9日(裁判集民1881頁)があり、建設会社に雇用されて以来21年以上にわたり建築工事現場における現場監督業務に従事してきた労働者が、疾病のため上記業務のうち現場作業に係る労務の提供ができなくなった場合であっても、労働契約上その職種や業務内容が右業務に限定されていたとはいえず、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、その提供を申し出ていたときには、同人の能力、経験、地位、右会社の規模、業種、右会社における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして同人が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討した上でなければ、同人が債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできないと判示した判例を挙げることが出来ます。

要するに、休職者の業種・職種や業務内容が特定されていないような場合においては、単純に従前の職務を通常程度に行える健康状態に復したか否かだけでは治癒の有無を判断することは相当ではなく、仮に他に配置可能な部署や職種があり、それについては従事可能な程度に回復しているのであれば、「治癒」がなされたことを前提に会社としては対応しなければならないということです。

 

実際の場面では、どちらとも言えるケースが多かったり、企業の規模によって当然差異が生じますし、当該社員の経験年数等によっても異なります。例えば、相当程度の経験を積み管理監督者の地位にいた社員が、私傷病のため単純軽作業のみの労務の提供しかできなくなったという場合、実際の判断としては、「治癒」があったとは認めず、企業としては就業規則に定めがある場合には、自然退職扱いとするか、自然退職の規定がない場合には、解雇を選択せざるを得ない場面もあるかと思います。

 

3 その他留意点について

「治癒」の判断については、社員の主治医が企業が指定する医師と同一である場合には、企業の判断と社員の判断が原則的に一致しますが、主治医の意見と企業が指定する医師との所見の相違がある場合などには、企業としてどのように対応すべきかという問題もあります。

この点は別稿に委ねますが、メンタルヘルスの不調を抱える社員に対しては、長期的な視点をもって、今何をすべきかを考え、その時点における適切な対応を重ねていく必要があります。

 

全体的な対応方法、スケジューリングが大切となるため、初動時から適切に対応できるようご準備下さい。

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谷川安德

谷川安德

谷川安德 大阪府出身。立命館大学大学院法学研究科博士前期課程(民事法専攻)修了。契約審査、労務管理、各種取引の法的リスクの審査等予防法務としての企業法務を中心に業務を行う。分野としては、使用者側の労使案件や、ディベロッパー・工務店側の建築事件、下請取引、事業再生・M&A案件等を多く取り扱う。明確な理由をもって経営者の背中を押すアドバイスを行うことを心掛けるとともに、紛争解決にあたっては、感情的な面も含めた紛争の根源を共有すること、そこにたどり着く過程の努力を惜しまないことをモットーとする。
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